2015年12月19日土曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』10


安掛正仁写真展「蛞蝓草紙 -既視の霧-」開催中!
12月27日(日)までです。是非ご覧ください。
安掛は今日と明日、在廊しております。
よろしくお願いします!(3rddg)

安掛正仁「蛞蝓草紙 -既視の霧-」



『はると先生の夢色TSUTAYA日記』10

(c)バップ
8月29日

「ホットロード」 2014年 

監督/三木孝浩
原作/紡木たく
脚本/吉田智子
出演/能年玲奈
   登坂広臣
   鈴木亮平
   大田莉菜
   木村佳乃

 

1986年から87年の間に「別冊マーガレット」で連載していたらしい。当時の少女漫画にしては珍しく不良少年少女とか暴走族を題材にしたもので社会現象とかのレベルでは無かったがそれなりに広い範囲でブームにはなっていて私達の世代の女子達の多くは皆この漫画にかぶれていた様な記憶がある。私が原作を読んだのは多分17歳の時で当時同棲していた彼女が持っていたのを読ませていただいたのだが、この時の感想は「こんなものは高校デビューが喜ぶようなくだらない話で、実際の不良の世界はこんなに甘いものではない。」みたいな感想を彼女に投げつけてしまい酷く傷つけてしまった覚えがある。

その時代それまでの少年不良漫画は主に番長モノが多く、正義感溢れる転校生が喧嘩をしながら学園の不良たちと意気投合し悪の組織と闘う話とか、百人位相手に一人で日本刀もってやっつけるとか、身長約3メートルの地下室に隔離されていた裏番と闘うとかの無茶苦茶な話ばかりで、はっきりいって非常にくだらなかったが、まるで怪獣物のようなそれら漫画には節々に男の美学的な硬派的思想、自己犠牲や友情の美しさ、弱者に対する労り等がコレでもかと言う位に強烈に描かれていた。

実生活ではガリガリに痩せて異常に気の弱い幼年時代を過ごしていた私はこういった世界に強い憧れを持ってたせいなのだろうか?どうもこの「ホットロード」のような多少のリアリティーはあるが女性が嫌悪する要素の皆無な主人公(美少年)がしかも不良少年として登場する物語を素直に受け入れる事は、何か自分の中の大切な物を売り渡すような気分になる様な気がしてつい拒絶せざるを得なかった。そんな年齢だったのだ。しかし実際には当時私は暴走族の活動はしておらず、彼女との結婚を目標に毎日真面目に働いていて、少し早く落ちつこうと無理をし過ぎてしまっていたせいか?どうも不良少年として完全燃焼出来ていないジレンマを心の何処かに抱えてもいたのかも知れない。盛り上がっていた同年代の暴走族や漫画の中の登場人物が少し羨ましかった記憶が無くはなかった。

数年前に偶々、知人の家でこの漫画の復刻版をみつけて読む機会があった。独特のタッチで描かれた主人公の心理描写や少年少女達を何処か遠くから眺めているような目線、アンニュイな間のとり方は近年に読んでも感傷的な気分に浸る事が出来る。一つの季節を長く人の心に焼き付ける優作であった事をこの時理解した。

昨年公開された実写版を元妻がロードショーで観に行っていたらしくずいぶん感動していたのを思い出して(元妻も同世代、地元の後輩では無かったが隣町の不良少女でリアルタイムは主人公と同じ中学生で強く影響を受けていたらしい)新作であるにもかかわらず酔った勢いで借りてしまったのだがバイトあけの朝方に観た事もあり、あまり物語には集中できずだらだらと酔いながら映像を眺めていた。にも関わらず映画のエンディングで「OH MY LITTLE GIRL」が流れ出した瞬間、私の頬には大粒の涙が物凄い勢いで流れ出してきた。ただ単に夏の終わりの季節に観たからなのかも知れないし、自分でもうんざりする十代の思い出にひとまずの幕を閉じれたような気になれたからなのかも知れない。単に能年ちゃんが可愛かったからなのかも知れないが...

何かの本で読んだ情報によると人間が喜怒哀楽の感情を表に現す事は代謝的に非常に身体に良い事らしく、泣くという行為も時々はストレス発散に必要な感情表現であるらしい。
だからなのかも知れないが、この日私は観たあとにとても暖かい良質な睡眠を得る事が出来て非常に満足な一日であった。

しかしその数日後、私の中でこの映画を観たときの自分の感傷に対して、大きな疑問が少しずつ膨らんできたのでした。
たとえいくらか年を重ねて遠い過去を美化しようと言う人間の本能が生理として働いたからとしても、湘南の海のきらきらした風に主人公達と同じ頃吹かれていた時間を思い出したからとしても..
今更このような良くある80年代ノスタルジーの消費商法に乗せられてしまった自分を、やはり許せなかったのだ。
そんな気持もあり、あえて否定的側面を探すため、私は新作であるこの作品をその後更に2回ほど借りてしまったのでした。

劇場でもロングランだったらしく、人気作品で貸し出し中の時も多く2回目に借りたのは最初に観てからしばらくたってからの秋の季節でこの時はオザキの歌が流れても特別感傷に耽る事無く何とか踏みとどまり普通に眠る事が出来た。(個人的な意見としては操を守ったといった気分であった。)
しかし劇中の能年ちゃんと横浜から転校してきた娘との友情シーンや母親が恋人とホテルに入るのをたまたま目撃してしまった場面での台詞等には強くこぶしを握りしめてしまった。
不覚である。
こうして人は最先端のテクノロジーや計算された技術によって感情すら操作される大量消費文化の奴隷と堕ちていくのだろうか...

ミーハーだろうと良い物はよい、面白いものはおもしろい。ほんとはそれでいいのだけど、どうも納得が出来ない。自分自身の感性に大きな危機感を覚えた私は意を決してもう一度この映画を借りる事にしたのだった。(しかもまた新作)

何度かのすり込みを経験したあとで観るとツッコミ所満載のアイドル映画で、能年ちゃんは悪くは無いが、例えば少し前の「宮崎あおい」とか「二階堂ふみ」とかでも成立してたのではないか?このような少し暗い少女の役はある程度の演技が出来る役者ならこなせなくは無いのではないか?恐い顔して大声で凄んで時々真剣な表情をみせれば恰好がつくヤクザの役が誰でも出来るのと同じように...登坂広臣君はカッコいいけどこれじゃ不良少年と言うよりホストでしょ?しかも役の設定よりかなり年いっちゃてるし。敵対する東京の武闘派暴走族はなんか仮面ライダーのショッカーみたいだけど何故か単車のマフラーはどノーマルだし。フルフェンス半分被って単車の音フォンフォンさせて襲撃されてもねえ。



あと「NOGHTS」の先代のトオルさんがなんかきも過ぎる、あんな先輩がリーダーだったら族なんかやらずに真面目に生活したほうがいいでしょ?彼女のひろこさんもちょい痛い不思議ちゃん

みたいだし。


まあようするにこの物語はバブル景気に魘された当時の反抗期の人達が未だにヤンキーメルヘンにしがみつくしか無く、しかしそれも現状大きな利権として成り立っているということを露にした作品であったのですた。

やはり不良マンガなら「熱笑花沢高校」暴走族映画なら「狂い咲きサンダーロード」そして尾崎なら「豊」じゃなくて王道は「紀世彦」でしょ?........


でも能年ちゃんにはこれからもがんばってほしいですね。 

ではまたね。  ☆


2015年12月15日火曜日

安掛正仁写真展「蛞蝓草紙 -既視の霧-」本日開始!


安掛正仁写真展「蛞蝓草紙 -既視の霧-」本日より開催です。
今回のナメクジは、秩父を這っています。
12月27日(日)まで。是非ご覧ください。

安掛は19、20、26(夕方より)、27日に在廊を予定しております。

よろしくお願いします!(3rddg)

安掛正仁「蛞蝓草紙 -既視の霧-」



2015年12月12日土曜日

8bitcafe ジュッテンゼロ !!!


藤田進写真展「銀の眼」いよいよ明日が最終日。
明日13日(日)20時までです! お見逃しなく!!!

藤田進「銀の眼」



只今、上の(5階の)8bit cafeさんの

10周年記念イベントのため、サード解放中!


自作のゲームに熱中! ここサードです。。


そーかぁ〜 エイトビットさん10年になるのか・・・。



えっ! てことは、サードって来年7年目?

てことは、Qからだと20年目になるの・・・・・。(・_・; )



その、Qからの長いお付き合いをさせていただいている藤田進さん、
いよいよ「銀の眼」展、明日が最終日です。

20時までです。

お見逃しなく!!!


2015年12月3日木曜日

ポスター


藤田進写真展「銀の眼」開催中です。
12月13日(日)までです。是非ご覧ください。

展示風景。 うわっ、サードが広くみえる・・・。



昨日、展示二日目を迎えてようやくポスター到着!

写真集『銀の眼』のポスター


制作は、私家版写真集『銀の眼』のブックデザインを手がけられた、
黒羽真知子さんによるものです。

会期中、写真集を購入された方に、もれなくプレゼント!!


もちろん、ポスターのみもお求めになれます! 1,000円也




いかがですか? ぜひぜひ!(3rddg)


2015年12月1日火曜日

藤田進写真展「銀の眼」本日より開催!


藤田進写真展「銀の眼」本日より開催です。
本年10月初旬に刊行された私家版写真集『銀の眼』より厳選した40点を展示します!
12月13日(日)までです。是非ご覧ください。よろしくお願いします!(3rddg)

今日と明日は、藤田さん終日在廊されます!

藤田進「銀の眼」


あっ、HP一部不備あり。ごめんなさい m(_ _)m(担当ムタ)

今日中に修正します!


そのひとつのリンク切れ、藤田さんの略歴はこちらから ↓
http://www.3rddg.com/archives/fujita_susumu/index.html

ついでに、ガレリアQでの展示一覧もご覧ください ↓
http://www.3rddg.com/galeriaQ/past/fujita_susumu/index.html


写真集は会場にてお求めになれます!

3,000円也!




藤田さん、またはスタッフへ

気軽にお声掛けくださいませ。








2015年11月18日水曜日

盛田哲生写真展「Clip Out」開催中!


主に2015年6~9月にかけて東京近郊で撮影した「写真」を壁に掛けた
盛田哲生写真展「Clip Out」開催中です!
11月29日(日)までです。是非ご覧ください。
よろしくお願いします!(3rddg)

盛田哲生「Clip Out」


2015年11月3日火曜日

阿部真士写真展「Turkey」本日より開催!!


8月にトルコで撮った阿部真士写真展「Turkey」開催中です!
11月15日(日)までです。是非ご覧ください。
よろしくお願いします!(3rddg)

阿部真士写真展「Turkey」



2015年10月20日火曜日

林朋奈写真展「消える前に」

林朋奈写真展「消える前に」無事に終わりました。
見に来てくれたみなさんありがとうございました。
展示の写真が全然なかったのでお友達が撮ってくれた写真です。
















今日から和久さんに展示バトンタッチです。

ハヤシ。

和久六蔵写真展「Pathography」開催中!!


本日より、和久六蔵写真展「Pathography」開催です!
11月1日(日)までです。是非ご覧ください。

和久さん、終日在廊されております。(3rddg)

和久六蔵写真展「Pathography」DM写真面



2015年10月17日土曜日

あと2日!


林朋奈写真展「消える前に」開催中です!
いよいよ残すところ2日間!
18日(日)までです。
お見逃しなく!!(3rddg)

林朋奈写真展「消える前に」


2015年10月6日火曜日

2015年9月23日水曜日

服部成児写真展「in between」開催中!!


服部成児写真展「in between」開催中です!
10月4日(日)までです。是非ご覧ください。
本日(23日)と土、日曜日は服部成児さん在廊します。
よろしくお願いします!(3rddg)

服部成児写真展「in between」DM写真面


2015年9月19日土曜日

タイトル「DULL COLOR」について。


島根径写真展「DULL COLOR」開催中!
いよいよ後2日!9月20日(日)までです。是非ご覧ください。

島根径「DULL COLOR」

今更ながらではありますが、タイトルにある「DULL COLOR」について少しお話してみたいと想います。

dullcolorとは直訳すると鈍い色と言う意味になるのですが、これは色彩用語でトーン、色調を表す言葉で、ある潤色に対し、白や黒を混ぜていった時にできる色の事になります。

ではなぜ、その言葉を選んだのかと言うと、同タイトルでの初めての個展の際、当時DMのデザインを担当してくださっていた佐原宏臣さんから、タイトルをどうするか考えて下さい。と言われ自分なりに色々と案を出していました。

しかしながら、その当時の自分は、個展をする!と言う事は、“自らの表現”を出すのだから、それには意味付けのある写真。そしてそれを表すタイトルでなければならない!!という強く、そしてなんとも安っぽい固定観念がありました。


その結果。出す写真、出す写真(写真はサードの牟田さんにですが笑)、出す案、出す案、ことごとく却下され、言われた言葉は、これは島根さんの都合のいいように当てはめている言葉なので、自分の内側から出てくるものでお願いします。
とバッサリと切り捨てられていました。


そしてとうとう、もう決めないと間に合わない。と言う所に来て、とりあえず頭に浮かぶ言葉を言っていって下さい。と言われ、出てくる言葉をただ、ただ、言い続けました。

その中の言葉の1つにdullトーンと言う言葉があり、そこからタイトルのdullcolorと言う言葉がうまれました。

当時、佐原さんはその言葉を気に入ってくれ、これは“ひろがりのある言葉”だし、良いと想うよ。そうおっしゃってくれました。

ただ、今だから言えますが、当時の自分には、その言葉はあまりしっくりこず、さらにその“ひろがりのある言葉”の意味などさっぱりとわかってはいませんでした。


ただ、なぜそのdullcolor。と言う言葉が出て来たかと言うと、これは自分自身が、美容師と言う仕事をしているのですが、その中でもヘアカラーだけを専門にするヘアカラーリスト。と言う仕事を若い時にしていた事から、色彩の勉強をしていて、日常的に使っていた言葉であり、だからその時に出てきた言葉でした。


なので今になって想えば、このDULL COLOR と言う言葉は、ある意味偶然であったように感じるのですが、これでなければダメであった、必然性を感じる言葉であった。と想っています。


そしてこれは今の“写真を表現する”上での指針にもなるひろがりのある言葉になりました。


島根径


2015年9月15日火曜日

舞台◎


島根径写真展「DULL COLOR」開催中です!
9月20日(日)までです。是非ご覧ください。
本日(15日)、明日(16日) 島根径さん、在廊します!よろしくお願いします!(3rddg)

島根径「DULL COLOR」

先日、美容室のお客さまがミュージカルに出るという事で、舞台を観させて頂く機会がありました。

常々、舞台を観に行きたい。とはおもっていたのですが、中々実行に移せず、恥ずかしながら、自分の意志で観に行った初めてのミュージカルとなりました。

映画館でマンマミーアやレ、ミゼラブルなどは観た事はあったのですが、映画と舞台ではまるで別物で、圧倒的な舞台の力に心を奪われました。

話としては、言い方を悪く言うならば、わかりやすく愛や希望や夢を訴えるような。。そういった内容で、ひねくれた自分にはあまり縁の無いような内容だな。。そう思っていたのですが、いざ、舞台が始まると、そんなものは超越し、一人一人の役者の情熱がその内容と重なり、素直に感情に突き刺さってきました。


これはなんとも僕にとっては衝撃的でとても素敵な体験になりました。


冷静に考えれば急に歌い始めたり、セリフを正面に向いていったり、映像のがナチュラルに見えそうなのですが、そんな違和感は何一つ感じず、ただ、ただ、素晴らしいの一言でした。

画面の中におさめてしまうと死んでしまう何かが全部直球でごちゃごちゃのまま飛んでくるような、そんな感覚でした。


これからはもっと舞台も観に行ってみよう。そう想わせてくれる体験でした。


島根径


2015年9月8日火曜日

島根径写真展「DULL COLOR」


本日より、島根径写真展「DULL COLOR」開催です!
9月20日(日)までです。是非ご覧ください。
よろしくお願いいたします!(3rddg)


島根径写真展「DULL COLOR」DM
今日から展示を行う島根です。

今回の展示をするに辺り、レンズ、引き伸ばし機など、前回から幾つか機材を変えた点がありました。

まず、いつも自分の撮影で使うカメラは、ライカのM4、レンズはズミクロン50㎜なのですが、前回展示ではメインで、コダックのエクター47㎜を仕様しました。

その結果、使用の不慣れさと少し広角気味になった事から、ファインダーで覗いた外に写りこんでくる事象や、少し距離感の違う写真が増え、面白さを感じていました。

しかし、前回の展示が終わり、今回の展示に向け撮影に入ると、どうにもエクターのレンズではしっくりこず、元々使用していたズミクロン50㎜にレンズを戻してみました。

すると、しばらく違うレンズを使っていたせいか、より使いやすく感じ、撮影がスムーズに進みはじめました。

そして撮影して上がってきた写真を見てみると、やはりズミクロンのレンズの描写のキレイさや、レンズの明るさが際立って感じました。



こうした機材を変えた事による写真の変化や、ステートメントに書かせて頂いた視点の変化は今回の展示に大きく影響した要素になりました。


島根径


2015年8月28日金曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』9

(c)ジェネオン・ユニバーサル
4月16日

『軽蔑』1963年

監督/ジャン=リュックゴダール
原作/アルベルトモラヴィア
出演/ブリジットバルドー
   ミシェルピコリ
   ジャックパランス
   ジョルジアモル
   フィリッツラング


ゴダールの映画は過去に何作かみたことがあって、だからといって当然理解している訳ではなく「良くわからないがテンポがいい」とか「色彩が特徴的で女優が皆綺麗で魅力的である」とか「台詞が詩的で奥が深そうでなんかカッコいい気がする。」と言った程度の感想しか俗でミーハーな感性の私は持ち合わせてはいない。だいたい私が感動し強い影響を受けるのは自分自身の世界感を投影し移入しやすい物語や主人公がそのほとんどなのだが、たまに何だか難しくてよくわからないが集中せず考え事をしながらだらだら映画をみるような時間もわりと好きでそういう気分を得たい時は自分にとって難解というか特別興味あるわけでも無い難しそうな映画をみたりすることがある。結局は面白いのかどうかも分からないままなのだが、自分が少し頭が良くなったような気になれるからだ。

ゴダールの映画は哲学や政治的な意味合いも多く含まれてはいるが、それらも結局は1960年代〜70年代に多くの表現者達が危惧して声をあげていた様な主張ばかりである。と昔何かの本で読んだ事があるけど、今現在表現の価値は、どのような主張をするかでは無く、どのように表現を経済消費物として価値づけるか?といったことに念頭が置かれているような気がしてならない。(もう完全にそのような世界にになってしまったのだ。)そういう事にはとっくにうんざりだが勿論そんなことを偉そうに言っても、私自身が世界の中で起きている事をすべて把握している訳ではないし、仮に自分なりの考えや主張が少しなりともあったとしても、それと引き換えに自分の人生の社会的安定を諦められる程の覚悟は持っていない。気持悪いものは気持悪いと思うが、その気持悪いものが自分に都合良く向けばたぶん許せてしまう。それほど大きな欲望もたぶん生まれつき持ち合わせてはいないのだろう。そもそもチヤホやされたいとかイイ人と思われたいとかその程度の人間なのだ..私は。

話は大きく逸れたが、私の中でのゴダール評は「勝手にしやがれ」等の初期の作品は斬新でお洒落で観やすく今観ても面白いといえばおもしろいけど、その後あまりにも注目され多くの人に影響を与え過ぎてしまったせいか?きっといろいろと難しく考え過ぎる質で、なおかつアイディアもサービス精神も豊富で、したたかさも圧倒的に持ち合わせていたのだろうが、別に作らなくてもいいような作品も多く残している様に思う。当時の社会的価値観を独自の変化球でコミットした映画史に残る凄い人だが女好きで、頭の良すぎる気難しいおっさんのよく分からない独り言..といった印象を私に決定付けたのは、わりと最近の「ソシアリスム」でこれは沖縄の映画館で観たのだが半分位観てなんかばかばかしくなり寝てしまいました。

私が観たゴダール映画は、面白い作品と良くわからないけどまた観てみたいと思った(でも結局その後ほとんどみていない)作品と難しかったからというより、単につまらなくて只画面を目で追っただけの作品に分類されるが、その中でこの「軽蔑」はどうだったか?というと、結構分かり易く面白かったというのが私の感想であった。



で映画の内容はというと
女優カミーユ・ジャヴァル(ブリジット・バルドー)と脚本家のポール・ジャヴァル(ミシェル・ピッコリ)は夫婦である。夜、ふたりのアパルトマンのベッドルームでの会話は無意味、でもそれは夫婦らしいものであった。
翌朝、ポールはアメリカから来た映画プロデューサー、ジェレミー・プロコシュ(ジャック・パランス)と会った。ジェレミーはフリッツ・ラング(本 人)が現在撮影中の映画『オデュッセイア』があまりにも難解であるとし、この脚本のリライトをポールに発注してきた。昼になって、カミーユが現れ、夫妻は ジェレミーに自宅に誘われた。自宅でジェレミーは、カミーユをカプリ島でのロケーション撮影に来ないかと言う。それは夫が決めること、とカミーユは答え た。
アパルトマンに帰った後のポールとカミーユは、なぜかしっくりこない。夜、ふたりは別々の部屋で寝ることになる。ジェレミーから再び、カミーユへの ロケのオファーの電話があった。ポールはポールで、本人次第だと答えてしまう。電話の後で激したカミーユは、ポールを軽蔑すると言い放つ。ジェレミーの誘 いで映画館に行った後、カミーユはオファーを承諾した。
カプリ島。ここにはジェレミーの別荘がある。撮影現場でラング監督とはやはりうまくいかないジェレミーは、カミーユに、別荘へ戻ろうと言う。カミー ユはポールを一瞥するが、ポールは、カミーユがジェレミーと別荘に帰ることを軽く承諾した。ポールは、それよりも、ラング監督との映画『オデュッセイア』 の問題について議論をつづけたいのだ。
遅れて別荘に着いたポールは、カミーユに、あの日ポールに言い放った「軽蔑」ということばの真意を問いただす。答えはなかった。
翌朝、ポールに手紙が届く。そのカミーユからの手紙には、ジェレミーとローマへ発つと書かれていた。おなじころ、ハイウェイで派手な衝突事故が起き ていた。大型車にぶつかり大破したスポーツカーには、血まみれの男女の死体があった。ジェレミーとカミーユの変わり果てた姿であった。』 (ウィキペディアより抜粋)

なんでこの映画がそんなによかったのかというとそれは男女の愛の問題についての話で、自己投影しやすい主題であることだろう。ゴダールはこの映画を自身の妻との関係に悩んだ事を理由に作ったと言われている。
良く「恋愛も芸の肥やし」とか言うけど実生活で「気狂いピエロ」のアンナ・カリーナと結婚して、そこは色々あったのかも知れないけど、それでうまくいかないからといってブリジット・バルドー主演で映画を作ってしまうなんて何て贅沢なおっさんなんだと思ってしまうが、ゴダール自身を投影した主人公の脚本家ポールの、何とも煮えきらないみっともなさが私自身の恋愛経験と少し一致するところがある。結局女の心変わりに決定的な理由なんてものは無く、どんなに納得いかなくてやり直そうと努力しても無理なものは無理であるという現実を痛感させられる。私は恋愛については非常に未練がましいタイプで、いつまでも相手との関係を美化したがる処があるのだが、そんなセンチメンタルな想いなど全く関係なく進んで行く女性の性質をこれからは受け入れて行けそうな気がする。丁度そんなタイミングでこの映画を観たのかも知れない。

しかし物語の中でとはいえ、ラストシーンで妻を奪ったアメリカ人の映画プロデューサーと妻を交通事故で殺してしまうところあたりは、ゴダールも人間味があり、なかなかやるねぇ、と思わずにはいられなかったです。

ゴダールにしては解り易いストーリーながら何度も観てみたい作品であると感じる理由は、ロケ地チネチッタの美しい海と強い日差し、ギリシャ神話「オデュッセイア」と関係ありそうな彫刻を映した映像等が、私の無意識を強く刺激しているからなのかも知れません。

ブリジット・バルドーのお尻が見れたからという訳ではないですよ。(嘘)ではまた。




2015年7月4日土曜日

あたり。2


新山発現写真展「Amok」開催中です!
12日(日)までです。是非ご覧ください! なんだか色っぽいです・・・。
新山発現「Amok」


 。・・・


あたり。2

toto GOAL3買ったら「二等あたり」が出ました。
あたりとか大吉とか大好きなので、ものすごく嬉しいです。












でも、二等だとなぁ〜
な〜んか、ハヤシのフレックスガムに負けた感がする・・・。

でもでも、次こそは!!
なんてアホな期待をしています。^ ^ ムタ

2015年6月27日土曜日

新山さんのDMです!


6月30日より開催の新山発現さん写真展「Amok」のDMがようやく出来上がりました!

新山発現写真展「Amok」6月30日(火)~7月12日(日)です!


ウチらの不備でギリギリになってしまいました  ^ ^ ; ごめんなさい・・・。

今回もニセアカシア発行所の松本さん作。すてき!

3rddg

2015年6月20日土曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』8


(c)パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
12月26日

『サタデーナイトフィーバー』1977年

監督/ジョン・バダム

出演/ジョン・トラボルタ

音楽/ビー・ジーズ
   デヴィット・シャイア

※左の画像は、サタデー・ナイト・フィーバー 製作30周年記念 デジタル・リマスター版 スペシャル・コレクターズ・エディション


かなり寒さが厳しかった去年末、バイトに追われ忙しい時間の合間のこの日、某カメラ雑誌の編集者であるM上氏と誌面の打合せを兼ねて、当ギャラリーにて飲酒しながら相変わらずどうでもいい話にはなを咲かせて久しぶりにちょいと良い調子に酔い少し饒舌になっていた。何のきっかけだったかは忘れたしまったが、映画の話になりお調子者のM上氏に「星さんは、金子正次の『竜二』のに似ています。」なんて事をいっていただき、中2か中3の頃観たその映画が大好きで、秘かにかぶれていたいた自分としては非常に気分が良く、年明け早々に予定していた写真展の為の撮影もゆきずまっていた事もあり、何か良い発想も得れればよいかなと思い、M上氏との宴も終電あたりで切り上げて、新宿のツタヤに足を運んだのであった。しかし何故か実際に借りたDVDは「竜二」では無くこの映画であった。



♫♫♫歩き方で分かるだろ 女が夢中になる男さ 音楽が鳴り響き 女の温もりを感じる
虐げられてきたが 今はもう大丈夫 ニューヨークは俺たちに希望をくれる
みんな生きているへこたれずに 街や人の活気を体で感じろ
ステンアライブ ステンアライブ ステンアライブ ステンアライブ
今じゃずいぶんマシな暮らしさ ダンスにかけては誰にも負けない
明日をみつめて生きているんだ ♫♫♫

1977年に公開されディスコブームという社会現象まで巻き起こしたこの映画。その時代
には青春どころか思春期にすら達していなかった私ではあったが、当時日曜日の昼位の時間に放映されていた洋楽ヒットチャートのテレビ番組で何時も一位だったこの音楽と映像にうつされた冒頭のトラボルタが街を歩く際の靴を映したシーンは何故か私の幼い記憶の中で鮮明に残っていた。(ちなみにABBAやキッスやベイシティーローラーズとかも活躍してたよ)

実際に映画を観たのはやはり中学生の時でこの頃はまだテレビのゴールデンタイムは映画番組がやっていてトラボルタ役の吹き替えは何故か?郷ひろみが担当していた。別に郷には元々何の期待もしていなかったし恨みも無いが、話題性を重視しての起用で視聴率を稼ごうという意図は当時の私ごときにでも丸見えで、アイドルと実力派歌手と俳優とか声優の違いが色濃く区分けされていたように思えるあの時代、やはりそのジャンルの専門家ではない妙に特徴のある郷の声の吹き替えはナカナカの違和感がありわざとらしく、この映画が極めて陳腐な、憎むべき価値すらないものだという偏見を持つのには充分な理由だったのだと思う。(ちなみに私はその当時わりと熱狂的な聖子ファンで日曜日の夜10時から松田聖子の「夢で逢えたら」というラジオ番組を毎週欠かさず聴いていて、そこで聖子がこの映画の劇中トラボルタが履いていた黒のビキニパンツがとてもセクシーで格好良かったなどと話しているのを非常に複雑な想いで受けとめていたのを憶えている..まあどうでもいい話だが...)
それでまあ、久しぶりに観る事になったこの映画がどうだったかというと、非常に素晴らしい優作品であった。部屋で「ひとりダンスフィーバー」とまではしなかったが、アナロジカルなサイケデリック感が目に程よく刺激的で、また当時のニューヨークに溢れていたであろう、希望と闇が混在し自然発生したような街そのものの強烈なエネルギー、何よりもこの映画の売りなっているダンスシーンの素晴らしさは、運動神経とリズム感が相当欠如している私でも、もはや制御出来なくなる位の興奮をその夜もたらしたのだった。


ニューヨークのブルックリンで生まれ育った若者トニー(ジョン・トラヴォルタ)は、住みなれたベイ・リッジの町のペンキ屋で働いていた。若いエネルギーがいっぱいのトニーは、毎日が同じことのくり返しであるこの職場に、うんざりしていた。だが、トニーにも、このうっ積したエネルギーを爆発させる場所があった。ディスコテックである。踊りがずばぬけてうまいトニーは、ディスコの王者だった。毎週土曜日、1週間の仕事が終って、夕やみがせまると、派手な花柄のシャツに脚にピッタリついたギャバジンのズボンといういでたちで、さっそうと夜の町へとびだした。トニーをとりまく仲間たちは「顔(フェイス)」と呼ばれ、ディスコでは幅をきかせていた。ある土曜日、いつものようにディスコにくりだしていたトニーは、新顔のステファニー(カレン・ゴーニー)という魅力的な女の子に目をとめ、その他の女の子とは違った雰囲気にひかれ、さっそく踊りにさそった。ステファニーは、トニーが今まで踊ったことのないような素晴らしい踊り手だった。踊りのあと、ステファニーといろいろ語りあったトニーは、彼女がブルックリン娘でありながら、もっと広い世界にとびだそうと努力し、勉強していることを知る。今の生活を安易に送っているトニーにとって、ステファニーの生き方は驚異だった。彼は生まれて初めて、人生のあり方を考えるようになった。トニーは、牧師をやめて聖職を離れる決心をした兄(マーティン・シェイカー)にも自分の悩みを打明け、兄の考えを聞いた。やがて、ディスコで競技会が催されることになり、優勝チームに500ドルの賞金が与えられると発表される。500ドルあれば、ステファニーと新しい人生を求めて第一歩を踏みだすことができる。……トニーはステファニーと共に競技に出場する決心をした。いよいよ当日がくる。その日は、トニーが土曜の夜の『興奮(フィーバー)』から抜け出して、目覚めた大人として新しいスタートを切る日でもあった……。(Movie Walkerより抜粋)


ディスコでのダンスシーンがメインの映画だが、トラボルタ演じる主人公は家族との確執、友人達との関係に対する疑問や人種差別の問題といった以外と重苦しいものを心に抱えつつ日々を過ごしている。「青春」とは最も輝きつつ悩み多き年頃で、将来に対する不安や自身の現状に不満があってしかるべきであり、ただ単にカッコいい踊りの上手な主人公がモテまくっているだけでは物語として成立しえないものだ。意外とその辺りが当時、この映画に大勢の若者が共感を覚えた最大の理由だったのかも知れない。
そのような若者の葛藤にとりあえず一区切りつけるのはだいたい何時の時代も恋愛であるのだと私は想う。しかしこの映画に唯一難癖をつける部分があるとしたら、ヒロイン役にまったく魅力を感じられなかった事だった。ただ単に私の好みで無かったといえばそれまでだが、なんとなく老け顔でセックスアピールを感じさせない女優が、計算高く上昇志向の強い、それでいて少しミーハーで垢抜けない役柄を演じていて、調子ぶっこいた自意識過剰な女が、モテるけど純朴な主人公を振り回して喜んでいるような気がして、どうにも気に入らなかったのだった。(当然女優が好きなタイプだったらそういうふうには思わないのだけどね)
もしかしたらその辺の登場人物達が皆、いま一つ洗礼されていない所も、古き良き時代の名残で、今この時代、この年になってたまたま観たこの映画に私が感緒を受けた事と実は密接に繋がっているのかも知れない...何にせよトラボルタのダンスシーンは圧巻で悲しみも苦しみも素敵に楽しく踊れば吹き飛ばす事が出来るという主題を、非常に気持良く表現してくれたのだと思います。あらためて言うのも何だけど、ダンスは音楽と運動とセックスの混在した要素があるからそりゃあ若者達は熱狂するよね。

ちなみに私自身の青春時代。時代は違ったがやはりディスコは健在で(クラブと呼ばれる少し以前)巷ではブレイクダンス等が流行っていたらしく、少し上の先輩達もよく遊びに行っていたようだ。ナンパや喧嘩の話は色々と聞かされて興味はあったが、私から下の世代の地元の町内の仲間達の間では男女問わず「ディスコ禁止」という掟があった。
そういう都会的な遊び場所に旨くとけ込む事が苦手だったし、何よりも後輩の女子達が自分よりずっとイケている遊び上手な(けんかもつよい)男に靡いてしまう事を危惧した私が作った規則だった。今思えばそんなセコい事考えてないで、もっと素直にフィーバーしておけば良かったよ。みんなごめんね。

エンディングのシーンでディスコを卒業してブルックリンの街からマンハッタンへ旅立とうとする主人公が散々振られ続けたヒロインに「これから本当の友達になってほしい」と告げて物語は幕を閉じる。正直男女の話としては苦肉の発言ではあるけどなかなか素敵な台詞だなと思った..どうせおれが言っても下心がばれてしまうから真似はしないけどね。
ではまた....



2015年6月3日水曜日

あたり。

フレックスガム買ったら「あたり」が出ました。
あたりとか大吉とか大好きなので、ものすごく嬉しいです。















最近自分が今まで撮って来た写真を見返しています。
そんなタイミングで「あたり」が出たのでなんか良い事あるかもなあ~!
なんてアホな期待をしてしまいました。


ハヤシ

2015年5月16日土曜日

写真よりもきれいな言葉 チェーホフ短編









関薫写真展「オオミズアオ」は明日(2015/05/17)の20時までとなっております。

皆様のお越しをお待ちしております。



最近読んだチェーホフの短編の中から特に良かった2編『かき』と『グーセフ』を紹介します。
まずは『かき』。
仕事が見つからず、いよいよ物乞いをするほかないという状況の父親に連れられ、街に出てきた主人公の少年。空腹で今にも倒れそうな彼は通りを挟んだ向かい側にある《飲食店》という看板を掲げた3階建ての家の窓々を見上げる。
「窓の一つをじっと見つめているうちに、ぼくは、ふとなにやら白っぽい斑点(しみ)に気がつく。そのしみは、ちっとも動かずいちめんに暗い茶色をした背景の上に、四角い輪廓をくっきり浮きたたせている。ぼくは目をこらして、じっと見つめる。すると、そのしみが壁の白いはり紙だとわかってくる。はり紙には、何か書いてあるが、何が書いてあるのか見えない。……」
僕が一番印象に残ったのはこの後少年に起こる‘覚醒とその過程’です。感覚が研ぎ澄まされていく少年はやがて「か・き……」と、はり紙の字を読む。かき(牡蠣)を見たことのない少年は父親に「かきってなあに」と聞きます。父親は「そういう生きものだよ。……海にいるな……」と答えます。そこから少年の想像力は未知のかきに対して爆発します。その爆発っぷりは圧巻です。子供向けの短編として書かれたものらしいですが、大人でも十分に楽しめる内容です。
次に『グーセフ』。
こちらは何と言ってもラスト。病に伏し役に立たなくなった帰還兵のグーセフとパーヴェル・イヴァーヌィチの、序盤からラストまで続くやりとりも良いのですが、グーセフが力尽き、帆布で錘(おもり)と一緒にぬいぐるみにされ海へと落とされ沈んでいく、その際の描写に心動かされました。はじめに読んだ時、なぜか〈写真よりもきれいな言葉だ〉と思いました。違和感のある変な言葉かもしれませんが、なぜそう思ったのか考えてみると、一連の描写が連続的な時間を書き綴っていてとても映像的なため、写真で表すのは難しいと感じたせいかもしれません。そんな風に感じさせる神西清さんの翻訳も素晴らしいです。インターネット(青空文庫)などで無料で読めるので読んだことのない方は是非。

2015年5月6日水曜日

関薫写真展「オオミズアオ」開催中

今回のタイトル「オオミズアオ」は蛾の名前からとりました。
以前も「ハンミョウ」と、虫の名から展示のタイトルをつけたことがあります。その時はハンミョウである必然性があったわけ(少なくともその時は)ですが、今回はステートメントの中に登場する‘蛾’というフレーズから、なにか蛾に関係する大きな枠の中から決めようと思い、結果的に蛾の名前であるオオミズアオになりました。なぜそうなったのかというと、まずはその響きに引っかかりました。おお・みず・あお。漢字で大水青。良い名だなと。さらにその名前で画像検索した時に出てきた姿形を見知っていたことが決め手となりました。見かけた場所はコンビニの駐車場や公衆トイレの中だったりで、野山などのいわゆる自然の中で出会ったことがないのは少し残念な気もしますが、なにせなんだかきれいな色をしているし‘見れてラッキー’みたいな気にさせてくれる蛾なのです。(こう書き進めてくるとなんだかこの人は虫好きの人なのかという誤解を生んでしまうのではないかと不安になりますが、小学生時分ならともかく今は特別虫好きということはありません)
そんな、‘見れてラッキー’みたいな気にさせてくれる蛾の名前を冠した展示は2日目を終えました。観に来て頂いた何人かの方からは実際に、今回の展示を観れて良かったという声もいただきました。ありがとうございます。展示は5/17(日)までとなっております。どうぞご高覧下さい。
関 薫

作家在廊日
5/7•8•9•10•16•17

2015年3月22日日曜日

『黒の過程』


那須悠介写真展「緑の火」本日(2015年3月22日)最終日です。20時まで。
皆様のお越しをお待ちしております!





『黒の過程』 マルグリット・ユルスナール
白水社; 新装版 (2008/12/16)
岩崎力 訳



最近読んだ本のなかで、興味深かったのがマルグリット・ユルスナールの小説「黒の過程」です。

16世紀ヨーロッパを舞台に錬金術士ゼノンの生涯を描いた作品で、タイトルの「黒の過程」とは「錬金術に関する論考のなかで物質が分離し溶解する段階、化金石を実現するのにもっとも困難とされる段階を意味する言葉。」(作者の覚え書き) だそうです。


この話の主人公ゼノンは知を追い求めて各地を放浪し、最期は生まれ育ったブリュージュで異端審問を受けることになるのですが...。


ユルスナールという作家を知ったのは偶然で、普段は行かない場所で顔を合わせた人から薦められたのですが、錬金術そのものには随分昔から関心を抱いていました。
錬金術は、一方で卑金属から貴金属を作り出そうとする詐術とされ、一方では現代の化学の基礎とされ、また物質の変化を精神にも応用することで、異端思想として弾圧の対象にもなったとされています。

「黒の過程」に描かれるのは錬金術のあらましではなく、まだ純粋な化学(科学)が誕生する以前に、事物から直接得られる知識を求めて生きた人間と、それを取り巻く社会や様々な階層の人間の行動とその行動が及ぼした変化に焦点が当てられています。つまり、物語そのものが大きな事物の変容の記録でもあるわけです。
物語を終えた次の頁から、長い(作者の覚え書き)があり、フィクションを構成するために用いられた資料が明示されていて、作中の出来事がその時代に実際に起きたことであったり、それをもとに起こり得たであろうということが述べられていて(作品の成立過程に興味を持つ何人かの読者のために)、物語の魅力を削ぐことを覚悟のうえで、それを披瀝しています。

興味深いのは(まんまと術中にはまっているようですが)、物語中に大胆な作者の飛躍が無いと知ってがっかりするより、作者が正確さを求めたという過程が示されることと、恐らくは実際に資料にあたることでその正当性を確認することが、作品の構造を一段二段と増すことになり、閉じられた物語から開かれた場所に、ユルスナールとゼノンとが重なり、作者と読者とが関係を持つに至るということです。

「現代的」という言葉が妥当かどうか分かりませんが、そう思います。
読者を惹き付ける質の高い物語という次元に止まらず、あえて但し書きをつけることで、本来受け身の読者を行動に駆り立てるとすれば。



発表する「写真」について、それを撮影した本人は何をどこまで語るべきなのか?
今の私には、正直に言ってよく分かってはいません。
しかし、答えがないからと言って、思考を停止したり放棄するのは良くないことだと思います。
作品の制作に携わった本人として、内容に見合ったタイトルを捻り出すこと、作品をよりよく見渡すことのできる地点を指し示すこと、ミスリードをしないように気を配ることは、作家が責任を持って行うべき仕事の一つと考えます。
分からなくても分からないなりに、間違えたとしたら過去の自分の仕事を見返すなりして、せめて答えを出す努力をしたいと思います。

自戒の念を込めて、「写真」にもう一度真摯に向き合ってみたいと考えています。

那須悠介


2015年3月18日水曜日

『アウステルリッツ』


那須悠介写真展「緑の火」開催中です。
22日(日)までです。是非ご高覧ください!






『アウステルリッツ』W.G.ゼーバルト 
白水社; 改訳版 (2012/6/23) 
鈴木仁子 訳


何度も繰り返し読みたくなる本、読むことのできる本と出会うことは稀ですが、ゼーバルトの著作は何度読んでも飽きることがない本です。

特に、散文としか呼びようのない作品の多くは、ルポルタージュのようなエッセイのような旅行記のような小説。
文だけでなく、イラストや写真が多用されているのが特徴です。


ゼーバルトの魅力を語り出すときりがないので、遺作となった「アウステルリッツ」からほんの一文ですが、抜粋したいと思います。
ちなみに「アウステルリッツ」とは建築史家としてヨーロッパ諸都市を巡り並々ならぬ博識を持った孤独な人物のことで、語り手と偶然出会い、20年後に再び出会ったことで、彼自身の来歴とともに20世紀の様々な歴史が語られる...という筋立てです。抜粋するのは、アウステルリッツが語り手に、学生時代に親交を結んだ友人とその家族との思い出を語る場面です。


「私は今でも、あらゆる生き物の中で蛾にはもっとも畏敬の念を抱いているのです。あたたかい季節には、蛾が一匹、二匹、私の家の狭い裏庭から家の中に迷いこむことがあります。朝早く起きて見ると、蛾が壁にとまったまま、じっとしている。彼らはおのれが行く先を誤ったことを承知しているのだと私は思うのです、とアウステルリッツは語った。なぜならそっと外へ逃がしてやらないかぎり、命の灯の消えるまで、ひとつところをじっと動かないのですから。それどころか断末魔の苦悶にこわばった小さな爪を突き立てたまま、命が尽きたのちもなお、おのれに破滅をもたらした場所にひたと取り付いたままでいるーいずれ風が引き剥がして、彼らを埃っぽい片隅に吹き去るときまで。私の家で果てていった蛾を見るにつけ、迷いこんだときの彼らの不安と苦痛はいかばかりだったろうと思わずにはいられません。アルフォンソから学んだのですが、とアウステルリッツは語った、下等な生物にたましいがないと断じられる理由はひとつもないのです。夜に夢を見るのは、私たち人間と、何千年にわたって人間の感情の動きと結ばれてきた犬などの家畜だけではありません。鼠や土竜のような小型のほ乳類も、眼球運動を見るかぎりでは、まどろみながら内面にのみ存在する世界の中に入りこんでいます。蛾も夢を見ないとは、庭のチシャ菜が夜半に月を仰いで夢を見ないとは、どうして言えるでしょう。」



この一文は単に蛾についての思い入れたっぷりの記述ではなく、散文全体を通じて吐露される近代や歴史に対する批判を多分に含んでいます。後に明かされる「私の家の裏庭」とは墓地のことで東欧ユダヤ人たちが埋葬されていた墓地。想起されるのはホロコーストで、アウステルリッツ自身も幼い頃に両親を奪われ、その過去を秘められたまま育つことで、心休まるときを持つことができずにヨーロッパ各地を彷徨うのです。


私にとって、ゼーバルトの散文を読むことは、どういう認識をもって、何に向き合うべきかを考えさせられるとともに、写真を撮ることの根源的な欲求が何だったかを問い直すことになっている気がします。

今回ご紹介した「アウステルリッツ」も勿論お薦めではありますが、ゼーバルトを最初に読むとしたら、個人的には短中篇集「移民たち」から先に読むのをお薦めします。
理由は、先に記したようにジャンルを特定できない散文なので、オムニバス的な作品のほうが読みやすいのと、作家の好むモチーフが多く散りばめられている点で、引っかかりがあるように思うからです。

なお、今回の抜粋は株式会社白水社様から許諾をいただいたものです。念のため...。

那須悠介


2015年3月13日金曜日

ハリルホジッチ


那須悠介写真展「緑の火」を開催中です!
22日(日)までです。是非ご覧ください!
那須悠介「緑の火」


 。・・・


ハリルホジッチ


12日、日本サッカー協会は理事会において、技術委員会から推挙されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏の日本代表監督就任を承認した。そして本日開かれた会見でハリルホジッチ氏は日本での仕事を選んだ理由として「私に似たメンタリティを持っていると思ったからだ。私がこれまでと同じような気持ちで仕事ができるし、厳しさ、規律、人を尊敬すること、真面目さ、このフットボール界で大事なものを兼ね備えていると感じている」とし、自身のサッカーに対する哲学を聞かれ「フットボールには2つの面がある。ボールを持っている時と持っていない時だ。ボールを持っていない時は、全員でブロックを作って守備をする。ラインも高い、真ん中、低いとあるが、全員がそれに関わる必要がある。全員が努力する場面で誰か1人でも欠けてはいけない。ボールを持っている時も全員がかかわらなければいけない。全選手に求めることは“効果的な選手”であるということ。攻撃が大好きだし、ビルドアップはどんどん前に、たくさんの選手が関わって、人数をかけたい。また、スピードアップの向上やボールタッチ数も制限したい。ペナルティエリア内では何人も(3、4人)関わっている状況を作りたい」と具体的な戦い方のイメージはすでにあるようで「我々は『日本』。日本代表らしい戦い方をしたい」とも語った。

日本代表新監督ハリルホジッチ氏就任会見全文 >>(SOCCER KING 3月13日(金)21時0分配信)


ヴァイッド・ハリルホジッチ(Vahid HALILHODZIC)氏は1952年5月15日生まれの62歳。ボスニア・ヘルツェゴビナ出身で国籍はフランス。00-01年にはリール(フランス)を率いて最優秀監督に選ばれた。代表ではコートジボワール、アルジェリアを指揮。

アルジェリア代表では昨夏のブラジルW杯でベスト16。サッカー専門新聞『エルゴラッソ』の記事を読み返してみると、基本布陣は[4-2-3-1]。しかし状況に合わせて3バック、4バック、5バックと使い分け、選手も大幅に入れ替え柔軟に戦っている。戦術もGS1戦目のベルギー戦(1●2)ではコンパクトな陣形を維持した守備からのカウンター。次の韓国戦(4○2)では一変、前線から激しいプレスでボールを奪い、細かなパスワークとドリブルで攻撃のリズムを取り、ロングボールを交えながら韓国を下した。「多彩な攻撃サッカーでブラジルの観客をも魅了した」と記事にある。つづくロシア戦(1△1)は先制されるもセットプレーから得点を生み出し引分けに持ち込んでいる。

テレビで見たラウンド16・ドイツ戦(1●2)は負けはしたものの120分に渡る戦いはまさに“死闘”だった。私が見た試合の中では随一のベストゲームで、とにかく選手たちはハードワークを惜しむことなく球際で戦っていた。「こんなんで90分持つの?」と思っていたら延長戦も含め見事120分間走りきってみせた。しつこいようだけど本当に素晴らしい試合だった。

ハリルホジッチ監督の柔軟な戦術。ハードワーク、戦うといったところでのモチベーターとしての手腕。アルジェリアがドイツ戦で見せた一体感、それを作り出したメンタルコントロールやチームマネジメントなど期待は大きい。有識者も歓迎の様子だ。明日からは J リーグの視察が始まるが、ほとんどの情報は持ってはいないだろう。そこも元代表監督のオシムさんとは親交が深いと聞いて心強い。就労ビザなどもクリアにしているそうで、なにはともあれ27日のチュニジア戦、31日ウズベキスタン戦には間に合った。結果を求めるには尚早だが、とても楽しみである。  ムタ

参考:サッカー専門新聞『エルゴラッソ』>>
14日(土)まで発売の1569号でのハリルホジッチ氏関連ページ(18-20)の中で、西川結城氏が書かれた「決定までの経緯。最終候補にその名はなかった」はおもしろかったです。興味のある方は是非〜。160円です! ^ ^


2015年3月12日木曜日

タイトルについて


那須悠介写真展「緑の火」開催中です。
3月22日(日)までです。是非ご高覧ください!

那須悠介「緑の火」


一年ほど前のこと。オクタビオ・パスの詩集を読んでいて、詩句の断片が頭から離れなくなりました。


もしも水が火 

球形の時間の中心で

目の眩んだ

炎であるならば


(「始原に向かって」オクタビオ・パス詩集(世界現代詩文庫)小海永二訳/土曜美術社出版販売)


水が燃えるというイメージが、自分の中の何かと触れたようだけど、それが何か分からないまま一年が過ぎました。


ちょうど一年前の展示(「植物の名前」2014.3.11~)のコメントで、山に籠って石を拾っていた曾祖父について書いたのですが、それから気になって鉱物についての本などを読むようになり、今回の展示のタイトルを得ました。

これはひょっとしたら、生前に会うことのなかった曾祖父から私への素敵な贈り物では、と考えるのは出来過ぎでしょうか?

那須悠介

2015年3月10日火曜日

那須悠介写真展「緑の火」


只今、那須悠介写真展「緑の火」を開催中です!
3月22日(日)までです。是非ご覧ください。
よろしくお願いいたします!

那須悠介「緑の火」


3rddg


久しぶりの自炊から。

林朋奈写真展「木綿の影」無事に終了いたしました。

お越しいただいたみなさま、ありがとうございました。

今日は夕飯にタラのムニエルを作りました。
会期中まっっったく自炊をしていなかったので、久しぶりの自炊は楽しくて、美味しくて気持ちが落ち着きました。

残ったごはんで明日のお弁当のおいなりさんも作れたし今日は安眠出来そうです。
(軽く脱線しますが、私の父は、私が『コメ食いたい』と言うと、『コメ言うな!炊いたコメは、ごはん言え。』といつも怒ります。)

写真はお気に入りのお茶碗です。
本当に可愛い。。。


 ハヤシ

2015年3月8日日曜日

林朋奈展、本日最終日!


林朋奈写真展「木綿の影」いよいよ本日最終日です! 
20時までです。まだご覧になっておられない方、お見逃しなく!
林朋奈「木綿の影」


林朋奈写真展「木綿の影」

よろしくお願いします!  3rddg


2015年3月1日日曜日

3rddg 6周年記念日!


林朋奈写真展「木綿の影」開催中! 
3月8日(日)までです。是非ご覧ください!
林朋奈「木綿の影」


今日はサードの6周年記念日!・・・だそうです…。
すっかり忘れていました。。。
何気なくMacを立ち上げ、何気なくMozillaを立ち上げると設定しているGoogle 検索ページへ。するとケーキやローソク、花火などでデザインされたGoogleのロゴがありました。ん? 今日は何の日? ってカーソルをロゴの上に乗っけると「ギャラリー さん、誕生日おめでとう!」ってALTの説明文が表れて、ギャラリーさんって...誰?ってクリックしたらGoogle+にあるウチの基本情報ページに飛びました。それでやっと、あっ!そうやん、そうやった!って気づいた次第です。。。

契約上、最短でも2016年いっぱいまでは頑張ることになっています。
「写真家のこと」も大事だと思いますが、これまで以上に「写真のこと」を真摯に取り組みたいと思っていますので、あたたかく見守ってください!そして応援も、よろしくお願いしますねー! ^ ^  ムタ


2015年2月28日土曜日

次回の那須悠介展詳細ページ追加!


3月10日(火)から開催します。
那須悠介写真展「緑の火」の詳細ページを追加しました。
今回も早くできたので、ブログで告知です。
では、こちらから ↓ どうぞ ! 
http://www.3rddg.com/exhibition/2015.3.10/nasu_yusuke.html


そして・・・、
3月8日(日)までは、林朋奈写真展「木綿の影」を開催しております!
是非ご覧ください。よろしくお願いいたします!
林朋奈「木綿の影」


3rddg


2015年2月26日木曜日

衣装ケース


林朋奈写真展「木綿の影」やってます!
3月8日(日)までです。是非ご高覧ください。よろしくお願いします!

今回のDMです。 松本孝一さん作!




今回もロールでプリントしました。
写真は、ロールプリント用の衣装ケースです。

ロールプリント用の衣装ケース。  停止? 定停??


私、これを停止のつもりで書いています。
わけわからなすぎて説明出来ません。
これを見て「私、ほんまにアホなんやなあ。。」と思いました。

展示、よろしくお願いします。

ハヤシ


2015年2月25日水曜日

林朋奈写真展「木綿の影」


只今、林朋奈写真展「木綿の影」を開催中です!
3月8日(日)までです。是非ご覧ください。
よろしくお願いいたします!

林朋奈「木綿の影」

3rddg



2015年2月23日月曜日

「事物の事日記」終了しました!


無事に写真展を終了することができました。
ご覧いただいた皆様、本当にありがとうございます!

牟田義仁「事物の事日記」(2014.5.20 東京都中央区八重洲)


二週目に入ってから、ちょっと仕事がいそがしくなったのですが、それでも夜からは在廊することができ毎晩遅くまでお酒を飲みながら、いろんなお話しができて楽しかったですし、いろいろと勉強になりました。特に展示方法については、たくさんの意見が聞けて貴重な経験となりました。感謝です!

2015年2月21日 17時39分43秒
さて、話は変わりますが前回書いた月と金星と火星が近づく21日の夕空のこと。距離が想像していたよりも月五つ分くらい離れてて、イメージしていたように撮れなくって残念でした...。でも、月齢三日に充たない細い月をキレイに撮ることはできました!
でもその写真は、一緒に見た大切な人との思い出の中にしまっておきます・・・ ^ ^


さてさて明日からは、
林朋奈写真展「木綿の影」を開催します!
何枚か見せてもらったのですがいい感じでした!
プリントサイズも大きいみたいですよ。
乞うご期待!!! 

それでは、よろしくお願いします!  ムタ






2015年2月19日木曜日

21日の夕空


牟田義仁写真展「事物の事日記」開催中です!
22日(日)までです。よろしくお願いします。
牟田義仁「事物の事日記」(2014.1.30 神奈川県小田原市小八幡)


。・・・


21日の夕空

明後日、日の入り後(17時28分)の西の空に、月齢2.4の細い月が金星と火星のすぐ近くに位置します。みなさんご覧になっては如何。下の図(国立天文台 web siteほしぞら情報 2015年2月)な感じです。
(C)国立天文台 天文情報センター

うわぁー、テンション上がるなぁ〜 ^ ^   ムタ


2015年2月16日月曜日

次回の林朋奈展詳細ページ追加!


2月24日(火)から開催します。
林朋奈写真展「木綿の影」の詳細ページを追加しました。
いつもより早いタイミングなので、ブログで告知です。
では、こちらから ↓ どうぞ! 
http://www.3rddg.com/exhibition/2015.2.24/hayashi_tomona.html

3rddg

2015年2月11日水曜日

光沢のRCペーパー


牟田義仁写真展「事物の事日記」開催中です!
22日(日)までです。よろしくお願いします。

牟田義仁「事物の事日記」(2014.12.31 東京都新宿区大久保)


今回の展示では、どーしても光沢のRCペーパーを使いたかったんです。普段、ベタやキャビネ焼きでは使うのだけれど、人に見ていただくためのプリントでは使うの初めて。それにしても、まぁ〜 いうことを聞いてくれない紙でした・・・。

バライタだったら出てくれるのに、といったところでも平気で潰れちゃうし飛んじゃう。モぉーわざとでしょう!なんてブツブツいいながら焼きました。たぶん一生分の覆い焼きと焼き込みをしましたね。副露光もばんばん。覆い焼きなんてちょっとでもやりすぎちゃうと浅くなってザラザラしちゃうし。こんなに扱いづらかったかしら・・・?
これが、かわいい女の子だったら楽しいのだろうけれど。。。

おまけに引伸し機のランプ切れちゃうし。でも、そこは降水確率0%でも常に鞄の中に折りたたみ傘をしのばす臆病者の私、ちゃんとハロゲンの替え置きがしてあって、あら素敵!

といった感じの写真展です。近くにいらしたら4階まで上がってきてください。在廊のときは奥の事務所で仕事してるので、気軽に声をおかけください。あったかいお茶いれます!
それにしても、今回のプリント作業で確実に腕を上げたな。フフフフフ・・・。  ムタ


2015年2月8日日曜日

本日最終日!


阿部真士写真展「新宿2014‐2015冬」本日最終日!
20時までです。 お見逃しなく!
阿部真士「新宿2014‐2015冬」

よろしくお願いします!  3rddg


2015年2月5日木曜日

ハビエル・アギーレ氏 解任。


阿部真士写真展「新宿2014‐2015冬」開催中です!
~ 2月 8日 (日)までです。OPENは13〜20時。是非ご覧ください!
阿部真士「新宿2014‐2015冬」



。・・・



ハビエル・アギーレ氏、解任。

日本サッカー協会(JFA)は日本時間の2日夜、アギーレ監督の代理人弁護士より、スペインのバレンシア予審裁判所が八百長疑惑に関する検察側の告発を受理したという事実を確認したことを受け、アギーレ監督との契約を解除した。

会見に登壇した大仁邦彌会長は「次のFIFAワールドカップ・ロシア大会を見据えた強化が順調に進んでおり、その手腕を高く評価しております」としたうえで「告発が正式に受理されたことで今後、アギーレ監督が召喚され、また起訴される可能性も考えられます。6月にはワールドカップアジア予選が控えており、今後日本代表チームの強化に影響が出る可能性もあり、JFAとしてはそのリスクを排除することが必須」と契約解除の理由を述べた。

ついに、この時がきたかという感じだが、こういったケースで監督が解任される経験がなかったので、正直なところ、どう受けとめていいのか分からない。スペインでも大々的に報道されたようで、「実に日本的らしい判断だ」とか「有罪が確定してもいないのに解任されるなんて」などと驚きをもって受け止められていると聞いた。

個人的には、もう少しアギーレさんの采配が見たかった。初陣や10月のブラジル戦での大胆な選手起用、システム変更も含め柔軟な戦術など楽しませてくれた。それでも、それまでのテストが上手くいかないと見るや、いさぎよく経験豊富なベテランを投与し結果を求めにいった。しかし、自身に降り注ぐその状況に置いて“結果”を優先したのか、アジア杯では4試合の先発を固定して挑んだ。準々決勝での決定力不足もその疲弊したコンディションを取り沙汰する意見も聞かれたが、UAE戦終了後の選手たちからは「このサッカーにはすごく可能性を感じていました。本当に楽しかった。やっていたことはすごく楽しかったので、充実していました。だからこそ、すごく悔しいです」(香川真司)「チームとしては成長していると思うけれど、結果が出ないとなかなか評価はしづらい。ただ、中でやっている側からすれば非常に充実した1カ月だったし、手応えを得られるトレーニングと試合だったと思います」(遠藤保仁)と概ね好印象だったようだ。

しかし、  ・・・


あっ、はると先生なみに長くなりそう・・・ ^ ^
来週から写真展でプリント中。。。暗室にもどります!
この続きは、必ずや!

あっ、それから今開催中の阿部くん展。かなり面白いです!
本人は自信なさげだったけれど、見なきゃ損しますよー。  ムタ


JFA「ハビエル・アギーレ日本代表監督との契約に関する記者会見」>>
選手のコメントは「サッカー|スポーツナビ」>>
スペインの方々のコメントは昨日の夜のニュース番組です(どこだか思い出せない。ごめんなさい)。


2015年1月28日水曜日

阿部真士写真展「新宿2014‐2015冬」


阿部真士写真展「新宿2014‐2015冬」開催中です!
~ 2月 8日 (日)までです。OPENは13〜20時。是非ご覧ください!

阿部真士「新宿2014‐2015冬」

新作を展示するのが一昨年の7月以来なので約1年半年ぶりになります。一昨年と昨年はほとんど撮らずにぐーたらしていたので今年来年はちょっと頑張りたいと思います。
よろしくお願いします。

阿部


2015年1月25日日曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』7


(c)SHOCHIKU Co.,Ltd.
12月2日

『エンドレス.ワルツ』1995年


原作/稲葉真弓


監督/若松孝二


出演/広田玲央名、町田町蔵

   相楽晴子、古尾谷雅人、佐野史郎、灰野敬二




稲葉真弓の小説「エンドレス・ワルツ」を映画化。29歳で亡くなった天才的サックスプレイヤー阿部薫と、女優であり作家でもあった鈴木いづみの愛憎劇を描く。1973年、新宿。渾沌とした街の片隅で宿命的な出会いをしたイヅミとカオル。天才的アルトサックス奏者といわれたカオルは、酒とクスリ漬けの日常の中でイヅミを求めていた。二人は結婚するが、カオルのクスリは切れず、激しい喧嘩と愛欲の日々が続く。やがて娘が生まれ、平穏な家庭を築いたように見えたのだったが…    allcinema ONLINE (外部リンク)

1995年、私は25歳でそれまで地方でやっていたアングラなビジネスが巧く行かなくなり、博打で借金作って仕事自体も馬鹿らしくなり、逃げるように横浜に戻って友人の営む薬局?の手伝いをしたりしてくすぶりつつも何とか生きながらえていた。
その時の生活はややすさんでいてそれまでと比べると金も無く、付き合い上時間を拘束される機会が多かったので、どうしょうも無くストレスがたまっていたのでした。
だいたいそういう時は他人と会うのが億劫になり、自由な時間が出来ると一人で新宿に出かけていた。
映画をみるのはわりと好きでいつもは、ぴあとかを買って面白そうな映画を探して観に行っていたのだが、この時はたまたまこの映画が上映されている映画館の前を通りかかり入ってみる事にしたのだった。
実は私は一時期シナリオライターになって映画や舞台の脚本を書いて美人女優とやりまくりたい、というわけのわからない野望を持っていて一時期ATGの映画などに興味を持っていたので若松孝二の名前くらいは一応知ってはいたし主演の町田町蔵の事もパンクロックとかはあまりよくわからなかったが、昔みた「爆裂都市」での強い存在感には少し思うところがあって気にかけていたわけではなかったが反応は忘れていなかった。映画を見終わって会場で売られていた阿部薫の「なしくずしの死」と「ラストデイト」と鈴木いずみの「声のない日々」と「恋のサイケデリック」と「いつだってティータイム」を買って喫茶店にはいりを読んでいたらいつの間にか終電の時間になっていた。
このまま帰るべきかそれともいごこちの良い新宿の雑踏の中に身を任せるべきなのか?迷わず私は後者を選択することにした。
阿部薫と鈴木いずみが出会ったゴールデン街に飲みにいってみたくなったからなのだが心のどこかで広田玲央名みたいな女性と出会いたいという事もあったのかも知れない。それまでゴールデン街にいった事は無かったが映画や小説の中で度々出てくる場末の酒場の雰囲気はなかなかハードボイルドで格好良さそうだなとは思っていたのだ。
本当はフリージャズが流れるうらぶれたような店で一人、孤独を噛み締めるように飲んでみたかったが、そういう店が何処にあるのかなんて知らなかったし、なんか恥ずかしかったので暫くうろうろしてしまい結局どうしていいのか判らないままサラリーマン風の客が入っていった店に後に続くように入店したのだった。店の中には先ほどのサラリーマン風と自分と同じ位の年齢の女性二人組がいて女性達は店の店主らしき、やたらテンションの高い年輩の男と話していてカウンターの奥では年輩の女性が淡々と飲み物などを作ってたまにサラリーマン風の話に簡単にあいずちを打っていた。はいってはみたもののこういう店でどういう風に楽しめば良いのかさっぱりわからなかった私は仕方なしにウイスキーのロックを頼み映画館で購入した鈴木いずみの本を開いて間をもたせる事にした。ほんとうは只単に恥ずかしかっただけだったのだが、無愛想に本を読みながらそれでいて落ち着き無さげに飲んでいる私はきっと場違いな空気を醸しだしていたのかも知れない。しばらくすると女性客と話をしていた年輩の男が私の横の席に移動して来て自分が飲んでいたグラスを私の前に差し出すのだった。一人で飲んでいてもつまらなかったし読んでいる本の内容も全く頭に入っていなかった事もあり、私はその店主らしき男と普通に杯を重ねて本をバッグの中にしまって、男との会話を楽しむことにした。酒が入っていたのでどんな話をしたのか?あまり憶えていないが、しだいに酔いがまわってくると男は「白バイ野郎ジョン&パンチ」のどちらの方かは忘れてしまったが口まねをしながらやたらしつこく色々話しかけてくる。ジョン&パンチおやじの迫力に圧倒されてしまったのと確かテレビの深夜番組でやっていたという記憶はあったがジョン&パンチなんか見た事のなかった私はどう話のあいずちを打てば良いのかわからずにいるとカウンターの奥に居たママさんらしき人が合の手をいれてくれて、どうやら男は売れない舞台役者であるらしく昔ジョンだかパンチだかの吹き替えの声優をしていたらしかった。その後もパンチおやじは一方的に話をしてきてあげくの果てには「おれはお前みたいな役者は絶対に使わない。」とか「オーディションに来たら落としてやる。」とかわけのわからないことを一時間位さんざん説教してきてなすすべも無く、つかれ果て少し具合が悪くなりだした頃、ようやく解放されて帰る事を許されたのだった。勘定を済ませるとママさんが「ごめんなさいねぇ。でもまた来てくださいね。」といって店の名刺を渡してくれが、私はかなり酔い気分が悪く、名刺を受け取りながらももう二度とゴールデン街には飲みになんか行かない。この店には絶対来ない。と固く心に誓ったのであった。名刺には「こどじ」という店名とパンチおやじの「ジョーブ」という名前が記されてあった。当然の事ながら広田玲央名風の女性は現れなかった.....私が写真をはじめるよりもまだずっと前のことである。


その後私はその時に購入した鈴木いずみの本と稲葉真弓が書いた映画の原作を全部よんで、なんとなくいいなぁと思いつつもそれ以上追いかけようとはしなかった。阿部薫の音楽も正直何が何だか良くわからなかったがこういう音楽を聴いているのがかっこいいと思っていたのでたまに寝る前に聞いたりしていた。普段から音楽をよく聞く方でもなかったし聴きやすくて乗りやすい歌詞のはいった日本のポップスとかしか普段聴いていなかった私にはいささか敷居が高すぎたのだとおもう。時々サブカルチャー系の雑誌などで当時のふたりの事に関する記事が載っているのを目にすることもあった。1970年代の真摯な暗さを伴う空気感とその時代の文化や風俗に直接関わる事は無かったが幼い記憶の片隅に少し感じて憶えていたのかも知れない、耳年増な私はその時代を神格的にとらえていた所があったようで、それほどはまったわけではないが時代を駆け抜ける様に生き急ぎ、残した作品が今もリスペクトされている二人の生き方には、やはりかっこいいなぁと秘かに憧れの気持を抱かずにはいられなかったのだった。


あれからもう20年程の月日が流れてしまった。私は写真と出会えて、実際には社会的には何でも無いようなものなのだが、それでも何とか自分の居場所のようなものが見えて来て子供も大きくなり一応大きく迷う事も無く何とか生きてはいる。
少し前にDVD化されたこの映画を久しぶりに観てみたが、あの時感じた様な心がヒリヒリと痛む感傷は無く少しさめた目線で物語をたどってしまう。年をとってしまって喪失になれてしまい、失いたくない物を幾つか手に入れてしまった自分にはもうあの頃とは違い、傷つけ合いながらも深く結びついた二人の刹那な物語を素直を受け入れる事は出来なくなってしまったのかもしれない。

一人の部屋でだらだらと酒を飲みながら、ぼんやりと映像をみていても映画の中の世界にひきこまれてはいかない。
劇中にライブのシーン等があり町田町蔵が演奏するシーンが何度かあるが、その音だけには何故か異常に反応してしまった。阿部薫本人の当時の演奏なのか?それとも誰かが吹き替えで演奏しているのか?たぶんシーン毎にどちらでもあるのだとは思いますが、フリージャズとか全く解らない私ですら阿部薫の演奏が非常に強烈でそれでいて叙情感のあるものだと理解することが出来た様な気が致します。物語や俳優の魅力以上にこの音には惹き付けられて、演出の力でそうみせている事も多分にあるのでしょうが、以前とは違った視点でこの映画を楽しめた事はとても良い機会だったとは思います。一年くらい前に阿部薫を撮影していた人が写真の展示をやっていて少しこの映画の話になった時、町田町蔵は完全なミスキャストだという様な事をいっていて、確かに当時の本人を直接知っている人からしたら、そういう意見なんだろうなぁと思った。今回観たときに町蔵の存在感強い演技が少しわざとらしく見えてしまったのはそういう情報のせいだったのかも知れません。でも広田玲央名はやはりとってもよかったでした。



AFCアジア杯2015 準々決勝敗退。。。


星玄人写真展「STREET PHOTO EXHIBITION 19 」本日最終日!
20時までです。 お見逃しなく!
星玄人「STREET PHOTO EXHIBITION 19 」


。・・・


AFCアジア杯2015 準々決勝敗退。。。

日本 1 (4PK5) 1 UAE(2015.1.23.18:30K.O.スタジアム・オーストラリア)
得点:7' マブフート 81' 柴崎
STATS 日本/UAE シュート:35/3 CK:18/0 ファウル:17/15 ポゼッション:68%/32% パス数:799/398 クロス数:54/4


仕事が終わり慌てて帰宅してからテレビの前にたどり着いたときには、すでに得点がうごいていた。UAE先制     。それを示すスコアを目にしても理解するまでにしばらくの時間を要した。帰りすがらグループリーグでの盤石の3連勝と、イランとの試合で見せたUAEの戦いぶりを思い出しながら、今日の試合は絶対に大丈夫だという自信があった。ひょっとして選手の中にも同じような感覚をもった者もいたのではないか。自信ではなく慢心というメンタルを・・・。

先程、序盤の部分をようやく録画で見たのだが、開始早々の乾貴士の決定機と、それで得たCKから岡崎慎司のヘディング、この二つのシュートは確実にゴールマウスを捉えていた。しかし、これが「いつかは点が取れるだろう」という気の緩みを助長したのかもしれない。直後にカウンターからウラを取られ、その数分後に失点し、さらに自陣ゴール前でミスを犯して決定機を作られている。序盤のこのすべてのミスに絡んだ吉田麻也は試合後に「ゲームに入り切れなかった」といい。長谷部誠も失点場面を振り返って「確かに集中していなかったです。ボールホルダーにいけていなかったし、DFラインは寝ていた」と呈した。

それでも10分を過ぎたあたりからようやく目を覚ます。守備は強度を増し、あわやのシーンも49分の一度だけ。攻撃では奥行きと幅をうまく使いながら数多くの決定機を作り出した。ハビエル・アギーレ監督も次々と交代カードを切って勝負に出ると、81に交代出場の柴崎岳が本田圭佑の繊細な落しからゴールを決め同点に追いつく。しかし90分で勝負がつかずそのまま延長戦へ。

延長開始直後。それまで献身的に長い距離のスプリントを繰返しつづけていた長友佑都の右足が悲鳴をあげてしまった。当然UAEはその長友のサイドを狙ってきたが、長谷部や逆サイドの本田までもが長友のフォローのために走る。その様は感動的ですらあったのだが、ピッチ上のバランスは崩れ、混乱をきたし異様な雰囲気のままゲームは停滞していった。

延長後半。アギーレ監督が修正を図る。ケガをした長友をインサイドハーフの位置に上げて守備の負担を軽減させる。長友のいた左SBには右SBの酒井高徳をスライドさせ、右のSBに柴崎を配置し戦いの方向性を定めた。これで日本は蘇り再び攻めたてた。いかに共通理解が組織にとって大切かがよくわかる。しかし得点が生まれないまま120分が過ぎPK戦へ。そうして、とりわけ責任感の強い選手が決めきれず、ベスト4進出には至らなかった。

それにしてもUAEは良いチームだった。序盤は日本に臆することなく前からプレッシャーをかけてきたし、長いボールはほとんど蹴らず細かくワンタッチ、ツータッチで繋げてきた。先制後は深く守り中央を閉め、最後のところでは身体も張った。マハディ・アリ監督は人を替え、配置を変えて日本に的を絞らせない。すごく日本のことを研究してきたなと感じたが、それはPK戦のときに柴崎以外のすべての選手が蹴った方向に、GKが飛んだことでも窺い知れる。ほとんどの選手がロンドン五輪でともに戦ったとのことで、あらためて育成の重要性も感じた。

これで、連覇はもちろんのこと、公式戦の場で豪州や韓国もしくはイラクといった強豪と戦う貴重な経験を失ったし、コンフェデ杯への出場も断たれた。ゲームの入り方と決定力不足・・・。試合後に代表戦最多キャップ数を誇る遠藤保仁が「これだけチャンスを作っても負けてしまう、サッカーの怖さをあらためて学んだかなと思う」といったこの言葉がこの試合のすべてかな。悔しい・・・。  ムタ

選手のコメントは「サッカー|スポーツナビ」より