2015年3月22日日曜日

『黒の過程』


那須悠介写真展「緑の火」本日(2015年3月22日)最終日です。20時まで。
皆様のお越しをお待ちしております!





『黒の過程』 マルグリット・ユルスナール
白水社; 新装版 (2008/12/16)
岩崎力 訳



最近読んだ本のなかで、興味深かったのがマルグリット・ユルスナールの小説「黒の過程」です。

16世紀ヨーロッパを舞台に錬金術士ゼノンの生涯を描いた作品で、タイトルの「黒の過程」とは「錬金術に関する論考のなかで物質が分離し溶解する段階、化金石を実現するのにもっとも困難とされる段階を意味する言葉。」(作者の覚え書き) だそうです。


この話の主人公ゼノンは知を追い求めて各地を放浪し、最期は生まれ育ったブリュージュで異端審問を受けることになるのですが...。


ユルスナールという作家を知ったのは偶然で、普段は行かない場所で顔を合わせた人から薦められたのですが、錬金術そのものには随分昔から関心を抱いていました。
錬金術は、一方で卑金属から貴金属を作り出そうとする詐術とされ、一方では現代の化学の基礎とされ、また物質の変化を精神にも応用することで、異端思想として弾圧の対象にもなったとされています。

「黒の過程」に描かれるのは錬金術のあらましではなく、まだ純粋な化学(科学)が誕生する以前に、事物から直接得られる知識を求めて生きた人間と、それを取り巻く社会や様々な階層の人間の行動とその行動が及ぼした変化に焦点が当てられています。つまり、物語そのものが大きな事物の変容の記録でもあるわけです。
物語を終えた次の頁から、長い(作者の覚え書き)があり、フィクションを構成するために用いられた資料が明示されていて、作中の出来事がその時代に実際に起きたことであったり、それをもとに起こり得たであろうということが述べられていて(作品の成立過程に興味を持つ何人かの読者のために)、物語の魅力を削ぐことを覚悟のうえで、それを披瀝しています。

興味深いのは(まんまと術中にはまっているようですが)、物語中に大胆な作者の飛躍が無いと知ってがっかりするより、作者が正確さを求めたという過程が示されることと、恐らくは実際に資料にあたることでその正当性を確認することが、作品の構造を一段二段と増すことになり、閉じられた物語から開かれた場所に、ユルスナールとゼノンとが重なり、作者と読者とが関係を持つに至るということです。

「現代的」という言葉が妥当かどうか分かりませんが、そう思います。
読者を惹き付ける質の高い物語という次元に止まらず、あえて但し書きをつけることで、本来受け身の読者を行動に駆り立てるとすれば。



発表する「写真」について、それを撮影した本人は何をどこまで語るべきなのか?
今の私には、正直に言ってよく分かってはいません。
しかし、答えがないからと言って、思考を停止したり放棄するのは良くないことだと思います。
作品の制作に携わった本人として、内容に見合ったタイトルを捻り出すこと、作品をよりよく見渡すことのできる地点を指し示すこと、ミスリードをしないように気を配ることは、作家が責任を持って行うべき仕事の一つと考えます。
分からなくても分からないなりに、間違えたとしたら過去の自分の仕事を見返すなりして、せめて答えを出す努力をしたいと思います。

自戒の念を込めて、「写真」にもう一度真摯に向き合ってみたいと考えています。

那須悠介


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