2017年12月15日金曜日

2017年11月14日火曜日

林朋奈写真展「燃えない写真」


林朋奈写真展「燃えない写真」開催中です!
11月26日(日)までです。是非ご覧ください!

林朋奈「燃えない写真」



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2017年11月11日土曜日

國領翔太写真展「匿名の町」


國領翔太写真展「匿名の町」残すはあと二日!
明日12日(日)までです。是非ご覧ください!

 國領翔太「匿名の町」



書籍も販売しています。

『匿名の街 vol.04』



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2017年10月19日木曜日

マヌエル・ファン・ダイク写真展「NOT NOW」


マヌエル・ファン・ダイク写真展「NOT NOW」開催中です!
10月29日(日)までです。是非ご覧ください!

マヌエル・ファン・ダイク「NOT NOW」


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2017年9月19日火曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』13


9月3日

「エデンの東」

監督/エリア・カザン
出演/ジェームス・ディーン
   ジュリー・ハリス
   レイモンド・マッセイ
   リチャード・ダヴァロス
原作/ジョン・スタインベック
音楽/レナード・ローゼンマン



小学生の頃、学校が休みの日や土曜日の午後、たまに東京の名画座にリバイバルの二本立てや三本立ての映画を観に行っていた。
とは言っても別に私が映画を好きだった訳では無くて、私には一学年上の兄が居て、その人が昔の名画を観るのがやたらと好きであった為、私は兄の好みの映画鑑賞に良く付き合わされていたのだった。
東京駅の(八重洲スター座)という確か地下に降りた場所に劇場のある映画館で兄の提案でこの映画を観た記憶がある。

この時はジェームスディーン特集が企画されていて、一本目が「エデンの東」二本目が「理由なき反抗」三本目は「ジャイアンツ」だった。様な気がするが劇中の音楽以外、映画については何故か殆んど記憶がない。
どうやら私は二本目の途中で完全熟睡してしまったらしく三本目のエンディングシーンで漸く目を覚ましたのだった。

帰り道の東海道腺の車中で不機嫌そうな兄は私に映画の感想を聞いてきたので、「理由なき反抗」のチキンレースのシーンが良かったと答えたら、「お前それしか見てなかっじゃねえか!」と怒鳴られていきなり顔面を3発殴られた。

目蓋を切って泣きながら鼻血を流す私を横浜駅から乗り替えの相鉄線まで、髪の毛を鷲掴みにして引きずり回した兄の心情は、せっかく小遣いを使ってまで映画に連れて行ってあげた弟がろくすっぽ映画を観ずに、ずっと呑気に眠っていたのが許せなかったのだろう。


1917年、アメリカ合衆国カリフォルニア州サリナス。当地トラスク家の次男ケイレブ(愛称キャル)は、秘密を探っていた。無賃乗車して、モントレーの港町でいかがわしい酒場を経営しているケートを尾行していた。彼女が死んだと聞かされていた自分の母かもしれない人物だったからである。キャルは父アダムの企画していたレタス冷凍保存に使用された氷を砕き、そのことで聖書の一説を引用した叱責を受ける中、「自分のことを知りたい、そのためには母のことを知らなければ」と母のことを問い質す。アダムは母との不和を話したが、彼女は死んだということは揺るがない。キャルはケートの店に向かい、彼女と直接対面するも話には応じられず追い返されてしまう。その後、キャルはアダムの旧友である保安官のサム・クーパーから誰にも見せなかったという両親が結婚した時の写真を見せられ、ケートが自分の母だと確信する。
ある日、キャルは「父から愛されていないのではないか」という自分の悩みを兄アロンの恋人アブラに打ち明ける。すると、彼女も同じ悩みを抱えていたことがあったことを語り、二人の心が近づく。
やがてアダムが冷凍保存したレタスを東海岸に運び大商いをして大儲けすることを狙って、貨物列車で東部の市場へ輸送したが、その途中で峠が雪崩で通行不能となり、列車内で氷が溶けて野菜が腐ってしまい大損害を蒙る。キャルは損失額を取り戻すべく、取引の先見の明を持つウィル・ハミルトンのもとを訪れ、彼に認められて戦争に伴う景気変動から豆が高騰するという話を聞くが、投資額は彼に工面できるものではない。そこで彼はケートのもとへ向かい、資金を求めるが一度は断られてしまう。しかし、そこでケートが家を出た理由は自由を求めていたからということ、アダムがインディアンとの戦いで負ったと言っていた傷はケートが家を出るときに彼女に撃たれて負ったということ、ケートも息子キャルと同じようにアダムから聖書を引用した叱責と清廉であることへの束縛を嫌っていたことが語られ、話の後には資金の提供を受けることに成功する。
第一次世界大戦が始まり、景気変動によってキャルは利益を上げるが、アロンは自分は戦争に反対しているとキャルに語る。その一方、ドイツ系移民である靴屋のグスタフ・オルブレヒトは戦禍の煽りを受けることとなる。祭りの日、キャルはアロンと待ち合わせしていたアブラと出会う。アロンとの待ち合わせまでの時間、早く来ていたアブラと共に行動するキャル。二人は観覧車に乗り、キャルはアブラからアロンとの間には何か違和感を覚えること、母のいないアロンが自分に求める母親の像と自分とは違っているということを打ち明けられ、そしてやがてアブラはキャルに唇を許す。
一方その観覧車の下では、靴屋のグスタフ・オルブレヒトが反ドイツ感情の強い人々に小突かれて、その中にアロンが巻き込まれたことを目撃したキャルは彼を助けるべく騒ぎの中へと飛び込み乱闘騒ぎとなる。保安官のサム・クーパーがその場を収め騒ぎは静まったが、キャルとアロンは誤解から殴り合いを始める。
豆の取引によってキャルが得た利益が父アダムの損失額を補填できる金額になり、アダムの誕生日にそれを渡すキャル。しかし、戦争に良い感情を持たず、戦争を利用して大金を得たことをアダムは叱責して金を受け取らず、アロンとアブラが婚約を伝えたように清らかなものが欲しかったと語る。キャルは大声で泣き「父さんが憎い」と叫んで出て行く。その日、嘆くキャルをアブラが慰めているのを目撃したアロンは激昂。アブラにキャルのところに行くなと厳しい口調で伝える。それに対してキャルは父への憎しみが何時しか兄への憎しみに変わり、母であるケートの酒場にアロンを連れていき初めて彼に母と対面させる。その直後、アロンの行方をアダムに問われた際に「知らないね、僕は兄さんの子守りじゃないんだ」[2]と返し、ケートが家を出た理由にも触れ、父との決別を告げる。アロンにとって最も軽蔑する女が自分の母であったことを知って激しいショックを受け、自暴自棄になって、その日のうちに出兵する。
アダムは知らせを受けて駅に行くと出兵する若者を乗せた列車の窓からアロンは頭でガラスを破って父を笑い、列車は動き出す。アダムにとっては余りの衝撃であった。そしてそのショックで列車が出た直後脳出血で倒れ、身動きも出来ない重病人となった。体が麻痺して寝たきりの状態になって看護婦が付きっきりに看病することとなった。キャルは自分がやったことで起きた事態に良心の呵責に苦しむ。皆が見舞いに来る中で保安官のサムがキャルに「アダムとイヴの子カインは、嫉妬の余りその弟アベルを殺す。やがてカインは立ち去りて、エデンの東ノドの地に住みにけり」と旧約聖書の一節を語って、取りあえずお前はこの家から出て行った方がいいと諭す。自分も去らねばならないと決意したキャルは病床にあるアダムに許しを乞うがアダムはもはや虚ろな目で何の反応も示さない。キャルは絶望の淵に立つこととなった。
アブラは自分の心の中にキャルがいることに気づき、病身のアダムのベッドの傍で一人必死に、彼が父の愛を求めていたことを語り、アダムがキャルを愛していることを伝えてほしい、そうでないと彼は一生ダメになってしまうと訴え、絶望して部屋に入りたがらないキャルを説得して父のベッドで再び許しを請うように促す。何かにつけて煩い看護婦に「GO OUT(出て行け)」とキャルが叫んだ直後、アダムの目が訴えるようになり、キャルがアダムの口元に耳を寄せる。微かな声で「あの看護婦を辞めさせて、お前が付き添ってくれ」と告げるアダム。確かな言葉で父の愛を知ったキャルとアブラは涙する。そしてキャルはずっと父のベッドに佇むのであった。

Wikipediaより抜粋


そもそもこんな内容の映画が当時の私にとって面白かった筈も無くて、ジェームスディーン氏の事は確か当時のテレビCMで存在については漠然と知っていたが、彼が僅か三本の主演映画を残し不慮の事故で他界した伝説の銀幕スターで在ることも何も知らなかった。
率直にいうとジーンズの宣伝でたまに見る外人のカッコイイ人という認識しか私にはなくて、映画をまともに鑑賞したわけでもなく、ジェームス氏については別に何とも思わなかった。
それよりも兄に殴られた屈辱とその後あまり映画に誘ってくれなくなってしまった淋しい思い出が私の中には刻まれていた。

しかし、偶然は何時の時代も人間の意識を急変させる様な出来事を気紛れに引き起こす。いや、実際には別にそんなに大袈裟な事件が起きた訳では無いが、同じクラスのジェームスディーン好きな女子と仲良しになれたのだった。

吉田由貴(仮名)は教室内で其ほど目立った存在ではなかったが勉強も確かそこそこに出来て体操教室に幼少の頃から通っていたらしく姿勢がよく、のっぺりとした顔だちながら凛とした雰囲気を常に保った意志の強そうな女子であった。そして確か、あまり笑わない子供だった。

彼女のクリアファイルの下敷きにモノクロのジェームスディーンの写真がはさまれてあったのを偶々発見した私は当時はあまり女子との会話を得意としてはいなかったが、つい彼女に話しかけていた。彼女の下敷きの中のジェームスディーンのスチール写真は、映画の中の彼よりもずっと素敵な見えたからだ。

「あれ?吉田はジェームスディーン好きなの?おれこの前東京で映画観てきたんだよ。」といった軽薄な調子で話しかけると吉田は顔を上げて透き通った黒色の強い瞳で真っ直ぐに私を見返した。
最初は少し驚いていた様子だったが会話をしている間に徐々に彼女の表情は明るくなり積極的に話始めた。彼女には2つ年上の仲の良い姉がいて、姉の影響で少し前の時代のアメリカ映画やオールディーズやジェームスディーンを知り、夢中になっているそうだった。

実際には兄の付き人として同席しただけにもかかわらず、さも一人で東京に映画を観に行くのが日常であったかの様に、どうも背伸びして自分を大人びて見せようとする癖が私にはあって、はずかしながら映画については随分知ったかぶった意見を発してしまっていた。
吉田由貴はテレビの映画番組で「理由なき反抗」を観ただけで他の映画は何時か観てみたいと思っていたらしく、私の半分嘘の経験を大層羨ましそうに聞きながら瞳を益々輝かせていたのだった。(この時代はインターネットどころかレンタルビデオすら存在してなくて映画を観ようと思ってもテレビ番組でみるか劇場に直接足を運ぶか、選択は限られていた。)

当時私は五年生だったがその年齢なりに性の目覚めを自覚し出していた時期で、同じクラスの活発で目立った女子を思い浮かべて下半身を強烈に硬直させたり、まるで冒険か宝探しにでも出かける様に近所の雑木林にエロ本を拾いに行ったりしていたが、吉田由貴の存在はそういった対象とはまた違い、何と言うか、私にとって普通に話せる初めて出来た異性の友達であった。

吉田は時々授業中に書いたと思われる手紙を私にくれたりもした。
書いてある文章は「昨日寝るのが遅かったから今日はねむいよ。」とか「○○先生はヒイキばっかりでむかつく。」や「今日は体育バスケだね、がんばって。」とかの些細な事ばかりで可愛いイラストが添えられている時もあった。彼女にとっては、ほんのいたずら心であったのかも知れないが、私はどこか彼女と秘密を共有している様な不思議な気分だった。
貰った手紙は兄にも教えずに自室の引き出しの奥にしまっていた。

ある日、吉田は姉と横浜駅付近に買い物に出かけ岡田屋モアーズ(当時)の最上階で買ったジェームスディーンのポスターとエデンの東のサウンドトラックが入ったカセットテープをプレゼントしてくれた。
「これ、お姉ちゃんから・・」と言って少し照れながら背を向けて小走りに去っていった彼女の後ろ姿を私は何も言えず黙って眺めていた。
だが正直いうと私は別にジェームスディーンのファンだった訳でもなかったし外国人俳優というのは何処か遠い存在で、どちらかと言うと清水健太郎の方が断然かっこよいと思っていたので、どう受け止めて良いのかあまりよくわからなかった。

しかし女の子がくれたプレゼントはやはり嬉しくて、吉田がくれたジェームスディーンのポスターを部屋に貼って時々エデンの東の曲を聴いたりしていた。
この頃は私の家族の状況も良好とは言えなかった時で、何時も気持ちがささくれていたのだが彼女がくれたテープの曲を聴いてる時は心が少し穏やかになっていたのは今も覚えている。 


箱根林間学校の夜、キャンプファイアーの余興で女子達がお化粧をして何かの歌に合わせて踊りを披露するイベントが行われた。
真夏の夜の夢の様に、炎に照らされたクラスの女子たちは妖しく耀いて美しく

私達は当然の事ながら、多分先生達も実は勃起していたのではないだろうか?

化粧をした吉田は他の女子達よりも大人びて見えて、少しはずかしそうに時々俯いていた彼女をちらちらと眺めながら、ずっとこのままこの夜が終らなければいいのにな・とか少年の私は心に願ったものでした。

六年生になった私は少々グレてしまい、髪を無理矢理なリーゼントにしたりソリコミを入れたり、当時流行っていたタクティクスのコロンをドボドボと必要以上に振りかけたり、保健室の消毒用のオキシドールを頭にぶっかけて髪が金色に近い茶髪になってしまったりしていて(これは事故だった)学校や町内の問題児童として扱われる様になってしまった。

この頃はいわゆるツッパリブームで私としては目立って女子生徒の気を引きたかっただけなのだが、先生や父兄達は家庭環境のせいにして勝手に心配したりしていた。私の努力(オシャレ)は頭がおかしくなってしまった可哀想な人。といった程度の評価しか得ることはできず、女子にモテるどころかクラスの主流派からは、まったく相手にされない存在となっていた。

そんな時でも吉田由貴は私と普通に会話したりしてくれていて、テレビドラマの不良少年達が主人公の「茜さんのお弁当」やラジオの深夜放送の話題で話が盛り上がった時もあった。(ちなみにこのドラマの主題歌は横浜銀蝿のジョニーが唄う「ジェームスディーンのように」であった。)


当時私は、クラスの主流派グループが女子たちを連れて横浜西口に「スターウォーズ」を見に行ったりしていたのが酷く腹立たしかったのだが、彼らがとても楽しそうに見えたので羨ましく、それならば私の企画で皆や女子を映画に誘うという野望を燃え上がらせていた。
当時私とよく遊んでいた一学年上の中学生の先輩らと同級生達を誘って池袋に映画を観に行くという企画を打ち出したのだが、クラスの人たちの反応は非常に冷ややかだった。
中学生の先輩もあまり評判の良い人ではなかったし、本人達も別に映画を観たかった訳でもなかったのだろう。

私の野望はたちまち教室内で悪い噂になり、学級会議にかけられて先生には「映画を観に行くのに何でわざわざ池袋まで行く必要があるんだ」等と酷く怒られたが私は毅然とした態度で「池袋には文芸座という名画座があり、もうすぐアメリカングラフィティという映画が上映されます。リバイバルなので遠出する事になってしまいますが、折角ですのでクラスメイト達とこの素晴らしい映画や音楽について共に感動を分かち合いたいと思い皆を誘いました。いけませんか?」とはまったく言えなくて、テレビドラマ等の影響だったのか?教室の机を蹴り倒して、ふてくされたまま学校から出て行き駅前のゲームセンターで夜遅くまで一人で過した。

しばらく学校には行かなかったが、内心ではこれからどうすれば良いかわからず酷く不安な日々を送っていた。
本当は早く学校に行きたかった。

クラスの人達は先生に言われたからなのか?入れ替わりで私の家に訪ねて来て、先生に謝って早く学校に出て来るべきだと何度か説得に来たりしていた。

ある日、吉田由貴が一人で私の家を訪ねて来た。吉田は私の事を心配してくれていたようで、発想がやや飛躍し過ぎな私の誰からも誤解されてしまう様な行動に同情してくれたからなのか?私の不満話を淡々と聞いてくれて、また自身の家庭環境や女子達の間にあるヒエラルキーの問題について、少し悲しそうに語っていた。
(吉田の父親は本牧の沖沖士の様な仕事をしていて少々気が荒い性格らしく夜中に父と母がよく言い争いをしている。平屋の公団住宅の様な所に住んでいて、低学年の時に彼女の誕生日会に来た友達に家がボロいからと馬鹿にされて以来、誰にも心を開けなくなってしまった。確かそんな話だった)

私は吉田の家が決して裕福な家庭では無い事を実は知っていたが、おとなしくて品格のある彼女がそんな事を思い悩んでいた事が意外だった。
私と同じように何処か皆と仲良く出来ない彼女のネガティブな部分に信頼を感じたのかも知れない。
話はいろいろ盛り上がってクラスの人や先生の悪口といったありがちな話題になって楽しくて、気づいたらもうだいぶ遅い時刻になっていた。

別れ際に「日曜日に二人で映画行こうか?」と誘ったら吉田は初めて話をした時と同じように真っ直ぐな瞳で私の眼を見ながら黙って頷いた。
黒い瞳が少し光って綺麗だったと、私は記憶している。

かなり嬉しかったが実は少し怖かった。

日曜日に待ち合わせの駅前改札で吉田は約束の時間にはとっくに来ていて、学校では見たこともない可愛いらしい服を着てピンクのピカピカ光ったエナメルの靴を履いていた。
髪の毛もいつもとは違う結び方をしていておしゃれだったが、そんな格好をしてきたくせに何でか?「ごめんね、帰りが遅くなると親に叱られるからやっぱり今日は一緒に行けない。」と言って何度も私に謝って帰ってしまった。
私もその時は仕方ないからと別に落ち込みもせず、一人で池袋に向かった。
結局その方が私にとっても気が楽だったのだろう。

映画館の暗闇の中で、私は親の事とか学校や自分を馬鹿にする同級生達やズリネタだった女子からも解放されて映画の世界に引き込まれた。「アメリカングラフィティ」の後2本立の「タクシードライバー」も観てしまい、それがまたとても面白くて帰りの電車の中でもしばらく映画の余韻に浸っていた。
デートが不発に終わったのは残念だったが、吉田の事も別に思い出しはしなかった。

その後、私はどんどん素行が荒れて行き、中学生や他の地域の少年らと遊ぶようになっていった。

不良少年予備軍の様なその時期遊んでいた子供達の中で、私は本当は一番気が小さく喧嘩も弱かったのだが、皆より早熟でデビューが早かったせいか?同年代には一目置かれる存在だったようで、先輩のツッパッた女子中学生達にも随分可愛がられ信頼されていた。

私が誰かに認めて貰えたのはこの時期が初めてだった。  

 もう学校の同級生達なんか相手にして居なかった。いわゆる・眼中になかった。吉田とも話さなくなっていた。
学校には行ったり行かなかったりで、もうこの頃は親も兄も先生もうるさい事は何も言わなくなっていた。
教室の中ではみんな私を恐れていたようでそれが妙な快楽だったので更に素行の悪さはエスカレートしていった。
この頃はまるで何かに取り憑かれていたかの様に、誰に対しても粗雑に振る舞い乱暴な態度で接していたが、実はそれも半分演技の様なもので、そういった形で武装していると他人との接触が旨く計れて楽だったからなのかも知れない。

夏休みが終わってすぐのある日の放課後、掃除当番をサボって学校内をうろうろした後、教室に戻ると吉田が一人で机の上に座り佇んでいた。
吉田は掃除をサボった私を少し咎めて溜め息をついた後、私に小さな封筒を手渡してきた。

久しぶりに彼女が手紙をくれたのだが、私はその場で封も切らずその手紙をゴミ箱に捨て吉田の鞄に付けられたジェームスディーンの缶バッチを指差して「そういえばそいつホモだったらしいぞ、そんな奴が好きだなんてお前アホじゃねえか?」みたいな事を言って「あんまり馴れ馴れしくするな」みたいな事も確か言ってしまったとおもう。
吉田は一瞬目を丸くして驚いていたが、みるみる内に顔がひきつってボロボロと涙を流し始めた。
彼女が泣いているのを見たのはそれが初めてだった。
私は動揺してしまい、教室から逃げるように出て行って煙草を吸いに屋上に上がった。

何でいきなりあんなひどい事を言ってしまったんだろう。

ジェームスディーンが同性愛者だった事は事実だったのかどうかは解らないが、兄の持っていた映画のパンフレット(確かアルパチーノ主演のハードゲイの世界を主題にしたクルージングという作品)にそのような事が書いてあったのを読んで私も相当驚いていた。

質の悪いわるふざけで彼女に甘えていた事も確かだが、吉田とのある種清潔な関係は私にとって何処か歯痒いものだったのだろうか?
今思うとリアルな不良少年として行動する為に私は彼女との曖昧な関係を精算しようとしたのかも知れない。

どちらにしても彼女を無意味に傷つけてしまった事と、私にとって大切な存在を自ら失ってしまった事は取り返しのつかない事実であった。

言ってから凄く後悔して足がガタガタと震えた。覚え始めの慣れない煙草のせいでもあったが視界がぐるぐると回り、頭の中が不安と罪悪感でいっぱいになり私は屋上の隅で激しく嘔吐した。 

帰りがてらに教室の前を通りがかり、中を覗いてみると吉田は机に頭を突っ伏したまま、まだ泣いていた。
 
それから結局私は一度も吉田由貴とは話をしていない。同じ公立の中学に進んだが同じクラスになる事もなかった。
私と吉田由貴は、はっきりと恋愛関係だった訳でもなく、青春時代を迎える少し前の短い季節、初恋とも呼べない名前の無い気持ちをほんの一瞬すれ違わせただけなのだった。
そして私は簡単に忘れてしまった。彼女もきっとそうだったのであろう。

ようするに、私と吉田由貴の関係は結局何でも無かった。
これが中学時代とかであったらセックスとかもやってしまってまた違った話だったのかもしれなかったな?とかふと思う。

何十年か振りにエデンの東を視たのは実はこのブログで文章を書く為にだった。
当初はジェームスディーンホモ説について、言及する事が目的だったのだが、映画中の音楽を聴いてるうちに完全に忘れていた筈の吉田由貴の面影が私の頭の中で回想された。 

久しぶりに観たこの映画はやはり全く面白くも何ともなくて、ジェームスディーンも格好良くも何ともなくて、只の軟弱で自分勝手なナヨナヨした幼児みたいな奴としか私には感じられなかった。
そして良く見ると彼のお尻は妙にぷりぷりとしていた。
やや複雑な心境ではある。

しばらく吉田との思い出に耽り感傷に浸っていたのでついこの様な文章になってしまったのであるが彼女との事はもうずっと昔の記憶であるから私の都合で勝手に脚色されいて、この文章に書かれた過去の出来事も、現在の私の記憶と当時の感情が入り交じった架空のお話に過ぎないのかも知れない。
真実はどうだったのか?彼女はどんな気持ちだったのか?
今さら確かめる術はないが、出来れば何時か彼女と再会してあの時の無礼を謝罪したい。
そしてあの頃と同じように、お互いに少しどきどきしながら他愛も無い会話を交わせたりする日が何時かまた来れば良いのにと願う。

だが随分前に開かれた同窓会に吉田由貴は来ていなかった、彼女が当時住んでいた家はとっくに取り壊されて街並みは景色を変えている。
例えば街で偶然すれ違う事があったとしても、二人がお互いの存在に気がつく事はもうきっとないのだろうと思う。


But I will never see you again, but the girl with black eyes at that time will not change at all, my precious friend.

夏の終わりの季節はどうもおセンチになってしまいまして、またしても長文になってしまいました。尚、最後の英文はちょっと恥ずかしかったのでGoogle翻訳致しました。
ではまた。      

2017年9月16日土曜日

上海撮影旅行日誌2日目。


島根径写真展「20170619-20_Shanghai」開催中です!
9月17日(日)までです。是非ご覧ください!

島根径「20170619-20_Shanghai」


上海二日目の朝は曇りだった。決して満足行く天候では無かったが雨が上がってくれただけでもありがたかった。

二日目は夕方には空港へ向かわなければならなかったので、時間との勝負だった。

まわれる所に限りがあったので、ここはまわろうと狙いを定めて行く事にした。

まずは昨日雨で中々うまく撮影が出来なかった南京東路から撮影を始めようと決めた。
そこから人民広場まで、初日同様、中心の路をぶったぎる縦の路をひたすら蛇行しながら歩いていった。

晴れ間も差し込むような天気に、昨日とは変わりシャッターの切る回数も増えていった。

上海の町並みはまず、大きな南京東路が伸びていて、それと垂直に交わる縦の路。そしてそこを歩いていくと、今度は南京東路と平行にさらに路。家と家の間の裏路地が現れてくる。

裏路地には鉄格子がしてあり、ナンバーキーが取り付けてあった。

確実にプライベートな空間で、きっと進入禁止。のような事が書いてある看板が貼ってあったが、昼間は生活の導線上カギはかかっていなかった。

写真を撮る人間の性か、ただの人間的な問題かは分からないが、やはりここは入って行くしかない。とビビりつつも堂々と歩いていった。

観光客などは一人もいないので、歩き始めてすぐに住人たちの視線が飛んで来たのがわかった。


しかし、とりあえず笑顔。そして、挨拶をしつつ少しずつシャッターを切った。


ただ、印象としては表通りで英語や日本語で声をかけてくる怪しい人々よりも、中国語しか話せないであろうローカルな人々の方が、言葉は分からないが、優しく温かかった。

とても印象深く残ったのは、ホームレスのお婆さんがゴミを漁っている所に、5、6才の男の子を連れたおそらく親子であろう二人が通りかかり、おもむろにポケットからお父さんが小銭を出し子供に渡すと、子供がひとりお婆さんのもとにかけより小銭を渡していた。

日本の新宿、渋谷の昼間にはまずないこの光景には少しグッと感じるものがあった。(残念ながらフィルム交換中の出来事で写真には収められなかったが、、、)

そんな事を感じつつ二日目はまず人民広場に向かって歩き、今度はそれを折り返し、外灘(ワイタン)へとむかった。

この外灘は20世紀前半に造られた西洋建築群が有名なエリアで、その外観を生かしつつ、高級ブランドや高級ホテルが建ち並ぶエリアだった。

丁度、川岸に行くと、黄浦江を挟んで対岸に、浦東(プゥドン)のビル群を臨むエリアで観光地化され整ったエリアだった。

ここは南京東路同様富裕層の中国人や海外の観光客で溢れていて、色々な光景が交錯していて人を撮る自分にとっては、面白いエリアだった。


そうこうしている間にも飛行機の時間が近づき、後ろ髪を引かれる思いのままにその場を後にし空港へむかった。


僕にとり、今回の旅行の目的は新しい世界を見る事にあった。

決して上海を撮る!とかという訳ではなく、あくまで上海で撮る写真で良かった。
自分の仕事の休み上、限られた時間ではあったが、それでも色々と感じる所はあった。

色々と大変な面もあったが、やはり海外という自分にとって未知の世界に行くという刺激は面白かった。

また違う土地にも行ってみたくなったし、もう少し違う視点で東京も撮ってみたいともおもうようになった。

まだ、自分にはここを突っ込んで撮りたい。と思う場所は海外には見つからないが、少しずつまた撮っていこうとおもう。

島根


2017年9月10日日曜日

上海撮影旅行日誌1日目。


島根径写真展「20170619-20_Shanghai」開催中です!
9月17日(日)までです。是非ご覧ください!

島根径「20170619-20_Shanghai」


2017年6/18日夜。1週間の仕事が終わったその足で羽田空港の国際線ターミナルへと向かいました。

日付の変わった6/19日午前1時過ぎに羽田を飛び立ち、午前4時半頃に上海浦東(ブドゥン)国際空港へと下り立ちました。

両替を日本でしていくのを忘れてしまい、空港で両替所を探していたのですが、結局正規の両替所があくまで二時間ばかり足止めになり、その後どうにかこうにかメトロにのり浦東を目指しました。

ここは上海。と言うと必ずでてくる丸いテレビ塔のある地区で、企業などの高層ビルがたち並び、渡航前に思い描いていた、これぞ上海というイメージの場所でした。

しかし、僕のイメージでは、金融マン、サラリーマンがわんさかいて通勤ラッシュを想像していたのですが、着いたのが朝7時過ぎ頃ということもあり、人はまばら。いるのは掃除のおばさんと寝ているホームレスのおじさん位でおもうような撮影とは行きませんでした。

そして雨が降ってくる中、はやる気持ちを抑えつつ次に向かったのは南京東路(ナンジンドンルー)という繁華街のエリアでした。やはりここも夜の看板が綺麗な事などで有名で、日本でもなじみのある地区でした。
ガイドブックとグーグルマップを駆使して完璧。とそこへ向かったはずだったのですが、、、気づくと南京東路から離れ、そこと垂直に伸びている通りを歩いていました。

方向音痴な自分はその事実に気づくまでにだいぶかかってしまったのですが…迷い込んだその路は観光客が訪れるというよりは現地の人の生活路線で、朝の買い物をしている人や、仕込みをしている店主などで賑わっていました。

後で気付いた事なのですが、この迷い込んだ路と南京東路とは100メートルも離れてない地点で、しかしその様相の違いは歴然で、表通りでは高級ブランドや日本でもみかけるファストファッション、ファストフードの店が建ち並び、いわゆる富裕層と思われる、日本の新宿、原宿あたりで撮影している時に見かける高級ブランド品を身に付けた人々で溢れているのですが、一本通りを外れると、タライで頭を洗い、ゴミ箱をあさっているお婆さんがいる。といった感じでした。

僕にとってはその日本では中々ない、雑多な感じが面白く、南京東路を中心にそこから外れる道、外れる道へと撮影の場所を移していきました。

その後雨が強く降ってくる中、豫園(ユーユエン)という庭園が有名な地区に移動をし、撮影をする事にしました。

基本的に上海という町はメトロを乗り継げばある程度の地区にはいける構造で、この豫園へは南京東路からメトロの10号線に乗ってひと駅の所にありました。

上海の地下鉄というのは、基本的には日本のメトロとなんら変わりはないのですが、いくつか驚かされたことがあり、まず始めに驚いたのがセキュリティの厳しさで、上海をはしっている地下鉄の全駅で切符を買ってから改札に入るまでにエックス線の荷物検査がありました。
10回以上それを繰り返した自分はフィルムが感光してしまうんじゃないかと気がきではありませんでしたが、実際は意外と大丈夫でした。


そして次に驚かされたのは時刻表でカウントダウン方式で直近の二つ分の電車がホームに到着するまでの時間を何分何秒かを表していて、正確にモニター上にしるされていました。

車内に入るとさらに驚きは続き、基本的にほぼ全ての人がイヤホン、ヘッドホンはつけておらず、全ての音がだだ漏れの状態で車内は成立していました。


初日はその後雨が激しさを増してきたのと疲れから、撮影を諦め、お土産を探しに田子坊(ティェンズーファン)、新天地(シンティエンディ)などガイドブックに乗っていた若者向けに開発の進んでいる地区にいき、その後ホテルを目指しました。

しかし、安い値段の弾丸ツアーのおかげで、ホテルのある駅はメトロの6号線の最終駅から2つ目と、めちゃくちゃ遠く、おまけにようやくたどり着いたホテルではツアー会社の手違いで、何故か予約が1年後になっているという意味不明の事態。散々な目にあいながら上海の初日はどうにか幕を閉じました。。

島根

2017年8月22日火曜日

新しい壁 2


メンバー展「新しい壁 2」開催中です!
9月3日(日)までです。是非ご覧ください!

会場風景


よろしくお願いします!!(3rddg)


2017年7月21日金曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』12


(C)キングレコード
6月22日

「ベルフラワー」

監督/エヴァン・グローデル
出演/エヴァン・グローデル
   ジェシー・ワイズマン
   タイラー・ドーソン
   レベッカ・ブランデス


それ程大して忙しかった訳でもなく、たまに自宅で映画を観たりもしていたのだが感想文を書くのが非常に面倒くさくなってしまった事と、何と言ってもやはり昨年デビュー20周年のアニバーサリーイヤーであった川本真琴氏の音楽活動を支援する事に意識を集中していた為か?しばらくブログへの投稿をさぼっていて気付いたら一年以上過ぎてしまった。はっきり言って別どうしても書きたい事がある訳では無いので、このままやめても誰も気に止めないとは思うのですが、自称こまめな性格の私は途中でやめるのもどうかなと思い、たまには投稿してみる事に致しました。

この映画の存在については全く何も知りませんでしたが、別の映画(裏切りのサーカス/ゲイリー.オールドマン主演/イギリス.フランス.ドイツ合作のスパイ映画)を視た時の予告編で少し興味を持ち、借りる事にしたのだった。

予告篇では映画の内容等を示す様な事は特に描かれてはいなかったが、映像には何とも言えない妙な雰囲気が漂っていて、映画「マッドマックス2」に出てくるヒューマンガスという悪役のボスについての台詞が印象的で「全世界のマッドマックスファンに捧げる」とキャプションが示されていた。

私は別にマッドマックスファンでは無いがシリーズの1作目と2作目は子供の頃に映画館で視ていて、派手な暴力シーンやカーチェイス等にはそれなりに魅了されていたし、主役
のメルギブソンのワイルドで渇いた正義感に対して、その年齢の男子としては少々の憧れの様な気持ちを持ってはいた。

ちなみに3作目は歌手のティナ.ターナーが出演していて、レンタルビデオで借りたのを当時の恋人と、こたつの中で身体を寄せ合って鑑賞していたのだが、だらだらと観て居るうちにそのまま、おセックスが始まってしまい非常に気持が良かったのだったが映画の内容については全く覚えていません。

つい数年前、20何年ぶりかにシリーズの最新作が公開されたタイミングでTSUTAYAでは
マッドマックスシリーズのキャンペーンがやっていて大々的に宣伝されていたので、ついあらためてシリーズ3部作をすべて借りて観てしまったのだが、最も面白かったのはやはり漫画「北斗の拳」のモデルにもなっていたシリーズ2で、スピード感に巻き込まれながら、残虐なシーンにハラハラさせられて、適役のモヒカン刈りの暴走族集団は非常に恐かった。悪役のキャラもかなり立っていて特にボス格のヒューマンガスはアイスホッケーの面を被り筋肉ムキムキでボンテージファッションといった物凄い出立ちで超不気味な存在感を醸しだしていた。

今回借りて観たこの「ベルフラワー」という映画はもしかしたらマッドマックス2の影の
主役であるヒューマンガスにスポットを当てた物語で、もしかしたら彼が凶悪な怪物になる以前の話(映画の設定では世紀末、核戦争の後の退廃した暴力が支配する恐怖の時代であるから核戦争が起きる前の時代で、ヒューマンガスが普通の若者だった頃の事とか)であったらなかなか面白そうだと思って借りてしまったのだ。

しかし実際映画を観てみると、そういった私の直感的妄想は完全な深読みだったようで、私が思っていた様なお話では全然なくて、アメリカの田舎町の仕事もしていないヒューマンガスオタクな若者達の、どうでもよく退廃的な心情や妄想を、やや幻想的に撮影した正直今一つ良くわからないお話であった。

ハリウッド、ベルフラワー通り……『マッド・マックス2』のカリスマ的悪役ヒューマンガスを崇拝する親友同士のウッドロー(エヴァン・グローデル)とエイデン(タイラー・ドーソン)。彼らはロクに働きもせず昼間から酒を浴び、世界滅亡後“マザー・メデューサ団”として大暴れすべく日々火炎放射器とモンスター・カー“メデューサ号”の製造にいそしんでいた。
そんなとき二人は酒場でミリー(ジェシー・ワイズマン)とその親友コートニー(レベッカ・ブランデス)に出会う。ウッドローとミリーはコオロギ早食いコンテストで意気投合し、初デートからテキサスまで旅するまで至る。ウッドローはミリーに「恋人になってほしい」と告白するが、彼女は「きっとあなたを傷つける」と曖昧な返事をする。しかし帰ってきてコートニーの誕生日パーティから帰った朝、二人は初めて愛を交わす。ウッドローとミリー、そしてエイデンとコートニーの恋人同士は幸福な時を過ごしつつ、親友同士は火炎放射器と車を着々と作り上げていった。
しかしある日ウッドローはミリーが同居人のマイク(ヴィンセント・グラショー)とセックスしている場面を目撃してしまう……ショックのあまりバイクで逃げ去るウッドローは車にはねられ大けがを負う。体の傷は癒えても心はズタズタのままのウッドローはエイデンの支えや彼と別れたコートニーとの関係もむなしく、ミリーへのすさまじい未練を暴走させ妄想の世界に迷い込む……(映画COMより抜粋)


要するに女にフラレてトチ狂った人のお話である。

この映画を観終わった後、私が強く想ったのは映画が面白いとかつまらないといった感想の以前に、一体誰が何の目的でこのような非常に個人的というか、誰から観てもどうでも良さそうな社会性皆無の話をわざわざ映画にしたのだろうか?
という疑問であった。

日本での公開当時は渋谷の単館系でパンク系サブカルチャーやホラー映画色を強調した「シアターN」という映画館等でそれなりに好評だったらしい。

当時この映画を観て少しでも心惹かれた人は多分、自主制作ならではの荒削りで無骨な手作り感や微妙にカルトな登場人物達の行き場無い心情等にいくらか同調したのかも知れない。

確かに自分が好きな女性にフラれたからというだけの理由で、全世界の崩壊を目論む人の心情は全く理解出来なくも無いかも。

どうやら実際、監督/主演のエヴァン.グローデルは自身が現実で経験した失恋体験をどうしても映画化したくて、シナリオを何年もかけて書き上げ、予算を自分で捻出してこの映画を制作したのだそうな。

全てのケースに当て嵌まる訳では決して無いが、男性が持つ欲望の3題要素として1モテたい。2威張りたい。3金欲しい。といった願望がすべての社会的努力の根底に潜んでいるのだと私は思う。それは誰にでも少しは共通する価値観であり、当たり前のように経済資本主義の中では、3の金欲しい。が根強く、ほとんどの人の価値を供用している。

しかし商業や職業的にだけでは無く、自分の心の葛藤等を二次的にでも深く、大勢の人に伝える事を目標とする表現者の、やや複雑な動機としてはその全てが満たされてしまうと
最も大切な筈の衝動を見失ってしまうケースも全く無くはないのだろう。

勿論、元々大金持ちで、威張らなくても大勢の人に慕われて、特別な屈折等は無くとも女性にはいつもモテモテなのにハングリーでストイックでそれでいてスケールの大きな表現を作り上げられる方々も沢山いらっしゃるのだが、すべてをバランス良く保てる事よりも、取り様によっては大きくいびつな欲求が表現を特化させ、受ける人の心に深く強く浸透させる事も多々あるのでは無いだろうか?

個人的な優先順位としてはまず一位は2の威張りたい(ちやほやされたい、賞賛されたい等)二位は3の金欲しい(制作費や、日常生活での苦悩あるが故)で1のモテたいというのは近年現実性を全く帯びていないせいか?私の中では二の次、三の次ではある。

だが侮れないのは、バランス良く無難な自尊心を突然木っ端微塵に打ち砕く様な恋愛感情や性的衝動はある時、生きる意味をもっと複雑に若がえらせてくれたりもする。
その場合の多くは得る事より失う事の方が大きく心の比重を持っているのだと思う。

「有名になって俺をフッた女を見返したい」「これを成功させたら彼女ができるかも?」「特に理由は無いがとにかくセックスがしたい」等の屈折した満たされない想いが強い衝動となった時、突如として失恋経験で心が捻曲がる位傷ついたり、女性にまったく相手にされず日々悶々としている男性達の共感を得る事が出来たりもするのではないだろうか?

私はそれを『超童貞力』と名付けた。根底にはヒロイズムが見え隠れしている。要は「男のロマン」という言葉である。
現代社会では死語であり、心理学ではマザーコンプレックスの裏返しとして検証されているが、完全にその価値観が無くなってしまった訳ではない。

女性にとっても操り易いし、ある意味ではカワイイのかも知れない。押しつけられたらたまったもんじゃないんだろうが,,,,

話は映画から大きくそれた。
つまりこの映画は監督/主演/製作のエヴァン、グローデル氏が失恋による心の傷を回復させるために自ら作り上げられた、自称魂の大傑作映画なのだった。
しかも驚く事に、主演女優のジェシー、ワイズマンは実際エヴァンと以前交際していた相手で彼女との失恋で負った屈折と狂気がこの映画のすべての主題となっているというのだから唖然とさせられる。

恋人にフラレてどうしようも無く落ち込んでしまい、何とかその状態から抜け出そうと気持ちを映画製作に昇華させようというのは何となくはわかる。
だが実際の失恋相手を女優に使って物語を再構築するという発想はあまりにも自己の欲求
に徹底し過ぎではないだろうか?(女優が魅力的に映っていればそうは思わないが、そもそも引っかかる部分でもあった為、)しかし元恋人のジェシー、ワイズマンは元々売れない女優でエヴァン、グローデルも映画作家志望でハリウッドに出てきたという経緯を辿ると、二人の関係が旨くいっていた時期には「いつか君を主演で映画を作りたい」とか言っていた可能性も充分にあり得る話な訳で、別れた後、皮肉にも叶わなかった想いが物語の題材に成ってではあるが、あの時誓った夢を今はもう恋人では無い彼女と一緒に作って、心の傷が少しでも癒えて、しかもその作品が一応他国にも発信され、日本のレンタル店でDVD化された物が賞賛された訳ではないにしても、元々興味無かった人に観てもらえたのであるから、それはある意味凄い事ではないだろうか。

私がもし彼や彼女の友達とかだったら、ちょっとした感動の物語なのかも知れませんね?

残念ながらストーリーの詰めの甘さと、そもそも感情移入出来ない主題のせいか?この映画にも登場人物達にもあまりのめり込む事は出来ないままではあったのだが、

監督自身がやはり自作した、特殊なカメラに依って映された、静かな田舎町の強く照りつける太陽のギラギラした日差しの中で、登場人物達が少しずつ狂っていく様は何処か、ずいぶん懐かしい景色であった様な気持ちにさせてはくれたのでした。

まあはっきりいって面白かった訳でもない映画だから特にお進めも致しませんが。

本当は私はこんな映画の事ではなくて「川本真琴withゴロニャンズ」や昨年末久しぶりにメジャーレーベルから発売されたオリジナルカバーアルバム「ふとしたことです」今年になって沖縄、福岡、仙台、札幌で開催されたライブツアー「惑星」について、理解し合える人達と熱く語り合いたいものです。
あと今年1月31日に東京、十條の[cinecafe  soto]で行われた川本さんんの特別イベント「ひとりカンヌ映画際」〜デビュー20周年記念☆総集編についてもですね。♡

ではまた。 ☆


2017年7月1日土曜日

新山発現写真展「bloomy」


新山発現写真展「bloomy」開催中です!
7月9日(日)までです。是非ご覧ください!

新山発現「bloomy」


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2017年6月13日火曜日

盛田哲生写真展「Clip Out」


盛田哲生写真展「Clip Out」開催中です!
6月25日(日)までです。是非ご覧ください!

盛田哲生「Clip Out」


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2017年6月1日木曜日

牟田義仁写真展「あるいくつかの涸れない井戸」


牟田義仁写真展「あるいくつかの涸れない井戸」開催中です!
6月11日(日)までです。是非ご覧ください!

牟田義仁「あるいくつかの涸れない井戸」


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2017年5月18日木曜日

林朋奈写真展「かかとの砂」


林朋奈写真展「かかとの砂」開催中です!
5月28日(日)までです。是非ご覧ください!

林朋奈「かかとの砂」


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2017年5月5日金曜日

阿部真士写真展「新宿2014―16」


阿部真士写真展「新宿2014―16」開催中です!
5月14日(日)までです。是非ご覧ください!

阿部真士「新宿2014―16」


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2017年4月21日金曜日

下積みの時間


島根径写真展「DULL COLOR」開催中です!
4月30日(日)までです。是非ご覧ください!

島根径「DULL COLOR」



下積みの時間


時間について。。僕は自分の展示にかんする告知用としてしか活用していないのだが、最近Facebookの投稿で少しひっかかるものがあった。

そもそも、それはお店の宣伝用としてフル活用されている僕の地元の美容師の先輩が、「いいね♪」を押し。〜さんが「いいね♪」と言ってます。と僕のもとに勝手に流れ込んできた情報なのだが…それが、中々ひっかかる話だった。


その投稿をしたのは、さる、有名店のオーナーの方だったのだが、自らのお店の3月分の売上げが〜万です。

一年目の〜君がこれだけ売り上げられるんです。何年もかけて育てていた、今までの美容室のやり方て意味があったんですかね??

と言うかなり批判的に、今までのスタイリストデビューまでの3年、4年下手すればそれ以上に時間をかけるやり方を否定していた内容だった。


勿論、その方の言う通り、効率的に考えると、早めに覚えられる(あくまでも基本的な内容だが。)カラーからしっかりと覚えさせ、それが出来たらそこは入客をさせていく。それも素晴らしいとおもうし、現に成功しているのだからまあ、いいと言えばそれでいいのだが。。


ただ、時間をかける。その時間の意味はきっとそこの一時の対価と比較する対象とはならないと僕は想う。


そもそも、美容師の長い下積みは何の為なのか。。

僕自身いま、自分が17年目と、気がつけば長々とこの仕事をしてきたから今になって振り返るとわかるのだが、それは確かに最終的には仕事でやっているのだからお金に繋げなければいけないのだが、 ただ、僕は、僕自身はそのナガい下積みの時間の中で学んだのはそんなつまらない小さな話ではなかったと確信している。


僕が教えてもらったのは美容とはどういうものか。そして、それと関わっていく人間としてどう生きなければいけないか。

そういうものを体に染み込ませる為の時間だったと想う。


例えばそれはコーヒーカップでコーヒーを飲み、それをテーブルにおく瞬間。そのカップのむきに意識。美意識はあるのか?とか。蛇口の向きは次に使いやすいようにセットしたのか?箒の立てかけた角度に機能性と美意識はあるのか?とか。などなど、上げればキリがないのだが。。


下手すれば息の吸い方もなおされるんじゃないかとおもったほどだった。。


ただ、それが段々と徐々に解ってきて、それは、それをやらせたい。だけ、からではなく、それを通して美容とはどういうものか。そして、それと関わっていく人間としてどう生きなければいけないか。を教えようとしてくれてた。と今は想う。


これはその瞬間はわからないし、あえてと言っていいほどわかりやすくは教えてもらえなかった。(ただ、単に僕の不器用さ故が大半をしめるが。)


でもそこで、がむしゃらにやり続けた時間で今、僕は生きていけているし、天職とは決して言えないし、未だに自分には向いてないと思うが、心の底から本気でこの仕事をしてきて良かったと今は思えるし、有難い事に17年目の今になって仕事が楽しくてしょうがない。


でも、これは僕にとって、長い美容人生の中においてたった、3、4年のミジカイ下積みの時間を経験させてもらえた。からだと確信している。


そして、これは写真においても何らかわらず同じ事で、今はもっと、もがき続け、その先の新たな視点にたどり着ければと想っています。。。


うん、大口叩いたからさー頑張ろー。。まずはメジャーの使い方から…よし。頑張ります…





シマネ。


2017年4月20日木曜日

島根径写真展「DULL COLOR」


今年から、運営メンバーに加わりました
島根径の写真展、「DULL COLOR」開催中です!
4月30日(日)までです。是非ご覧ください!

島根径「DULL COLOR」

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2017年4月4日火曜日

マヌエル ファン ダイク写真展「FRACTAL」


今年から、運営メンバーに加わりました
マヌエル ファン ダイクの写真展、「FRACTAL」開催中です!
4月16日(日)までです。是非ご覧ください!

マヌエル ファン ダイク「FRACTAL」


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2017年3月22日水曜日

2017年3月9日木曜日

星玄人写真展「St.photo exhibition 26 東京」


星玄人写真展「St.photo exhibition 26 東京」開催中です!
3月19日(日)までです。是非ご覧ください!

星玄人「St.photo exhibition 26 東京」


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2017年2月20日月曜日

土スポット。


盛田哲生写真展「Clip Out」開催中です!
3月5日(日)までです。是非ご覧ください!よろしくお願いします!!(3rddg)


盛田哲生「Clip Out」



土スポット。

 

最近ある事をきっかけに部屋に花を飾るようになりました。
花があるだけで部屋が息をしているように感じるし、明るくなった気がします。
しかし、花は枯れます。
ドライフラワーに出来る花は極力ドライフラワーにしますが、出来ない花は、捨てるしか方法がありません。

田舎では、そこらへんの土にかえせばよかったけれど、大田区はアスファルトだらけで身近に良い感じの土がないし、近所の公園へ行くのも面倒臭いし、ゴミ箱に捨てるのは気がひけるし…。

なので、隣の家の茂みにそっと置く事にしました。
(侵入はしていません。道路に面している所に目隠し用の茂みがあって、そこにそっと…。)

その茂みにはマンションの階段で死んでいたスズメも埋めました。(正しくは置いた。)
スズメも花もゆっくりと土に還っていきました。
私の安心、安全、土スポットです。
隣人からすれば気色悪い話やと思いますが、ゆっくりと土に還っていくスズメや花を観察するのがいつの間にか日々の楽しみになっています。
人からみたら気色悪い楽しみなんでしょうが…。
(この文章を妹に読んでもらったら、暗い!キモイ!隣の人可哀想!と非難轟々でした。)

ここにそっと埋めています。(置いています。)
2年前はもっと花が咲いていたのに、ある日突然伐採していました。
そのあと、ここで有村架純ちゃんが出ていた月9の撮影をしていたので月9が悪いって思っています。
有村架純ちゃんはクリオネみたいで可愛かったです。






























今はチューリップと、スイートピーです。
春の花はかわゆいのぉ。


ハヤシ。

2017年2月14日火曜日

牟田義仁写真展「事物の事日記 2016.6-12」


牟田義仁写真展「事物の事日記 2016.6-12」開催中です!
2月19日(日)までです。
是非ご覧ください!

牟田義仁「事物の事日記」(東京都台東区谷中)

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2017年1月14日土曜日

関薫写真展「白い息」


関薫写真展「白い息」開催中です!
1月22日(日)までです。
是非ご覧ください!

関薫「白い息」

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