2017年9月19日火曜日

『はると先生の夢色TSUTAYA日記』13


9月3日

「エデンの東」

監督/エリア・カザン
出演/ジェームス・ディーン
   ジュリー・ハリス
   レイモンド・マッセイ
   リチャード・ダヴァロス
原作/ジョン・スタインベック
音楽/レナード・ローゼンマン



小学生の頃、学校が休みの日や土曜日の午後、たまに東京の名画座にリバイバルの二本立てや三本立ての映画を観に行っていた。
とは言っても別に私が映画を好きだった訳では無くて、私には一学年上の兄が居て、その人が昔の名画を観るのがやたらと好きであった為、私は兄の好みの映画鑑賞に良く付き合わされていたのだった。
東京駅の(八重洲スター座)という確か地下に降りた場所に劇場のある映画館で兄の提案でこの映画を観た記憶がある。

この時はジェームスディーン特集が企画されていて、一本目が「エデンの東」二本目が「理由なき反抗」三本目は「ジャイアンツ」だった。様な気がするが劇中の音楽以外、映画については何故か殆んど記憶がない。
どうやら私は二本目の途中で完全熟睡してしまったらしく三本目のエンディングシーンで漸く目を覚ましたのだった。

帰り道の東海道腺の車中で不機嫌そうな兄は私に映画の感想を聞いてきたので、「理由なき反抗」のチキンレースのシーンが良かったと答えたら、「お前それしか見てなかっじゃねえか!」と怒鳴られていきなり顔面を3発殴られた。

目蓋を切って泣きながら鼻血を流す私を横浜駅から乗り替えの相鉄線まで、髪の毛を鷲掴みにして引きずり回した兄の心情は、せっかく小遣いを使ってまで映画に連れて行ってあげた弟がろくすっぽ映画を観ずに、ずっと呑気に眠っていたのが許せなかったのだろう。


1917年、アメリカ合衆国カリフォルニア州サリナス。当地トラスク家の次男ケイレブ(愛称キャル)は、秘密を探っていた。無賃乗車して、モントレーの港町でいかがわしい酒場を経営しているケートを尾行していた。彼女が死んだと聞かされていた自分の母かもしれない人物だったからである。キャルは父アダムの企画していたレタス冷凍保存に使用された氷を砕き、そのことで聖書の一説を引用した叱責を受ける中、「自分のことを知りたい、そのためには母のことを知らなければ」と母のことを問い質す。アダムは母との不和を話したが、彼女は死んだということは揺るがない。キャルはケートの店に向かい、彼女と直接対面するも話には応じられず追い返されてしまう。その後、キャルはアダムの旧友である保安官のサム・クーパーから誰にも見せなかったという両親が結婚した時の写真を見せられ、ケートが自分の母だと確信する。
ある日、キャルは「父から愛されていないのではないか」という自分の悩みを兄アロンの恋人アブラに打ち明ける。すると、彼女も同じ悩みを抱えていたことがあったことを語り、二人の心が近づく。
やがてアダムが冷凍保存したレタスを東海岸に運び大商いをして大儲けすることを狙って、貨物列車で東部の市場へ輸送したが、その途中で峠が雪崩で通行不能となり、列車内で氷が溶けて野菜が腐ってしまい大損害を蒙る。キャルは損失額を取り戻すべく、取引の先見の明を持つウィル・ハミルトンのもとを訪れ、彼に認められて戦争に伴う景気変動から豆が高騰するという話を聞くが、投資額は彼に工面できるものではない。そこで彼はケートのもとへ向かい、資金を求めるが一度は断られてしまう。しかし、そこでケートが家を出た理由は自由を求めていたからということ、アダムがインディアンとの戦いで負ったと言っていた傷はケートが家を出るときに彼女に撃たれて負ったということ、ケートも息子キャルと同じようにアダムから聖書を引用した叱責と清廉であることへの束縛を嫌っていたことが語られ、話の後には資金の提供を受けることに成功する。
第一次世界大戦が始まり、景気変動によってキャルは利益を上げるが、アロンは自分は戦争に反対しているとキャルに語る。その一方、ドイツ系移民である靴屋のグスタフ・オルブレヒトは戦禍の煽りを受けることとなる。祭りの日、キャルはアロンと待ち合わせしていたアブラと出会う。アロンとの待ち合わせまでの時間、早く来ていたアブラと共に行動するキャル。二人は観覧車に乗り、キャルはアブラからアロンとの間には何か違和感を覚えること、母のいないアロンが自分に求める母親の像と自分とは違っているということを打ち明けられ、そしてやがてアブラはキャルに唇を許す。
一方その観覧車の下では、靴屋のグスタフ・オルブレヒトが反ドイツ感情の強い人々に小突かれて、その中にアロンが巻き込まれたことを目撃したキャルは彼を助けるべく騒ぎの中へと飛び込み乱闘騒ぎとなる。保安官のサム・クーパーがその場を収め騒ぎは静まったが、キャルとアロンは誤解から殴り合いを始める。
豆の取引によってキャルが得た利益が父アダムの損失額を補填できる金額になり、アダムの誕生日にそれを渡すキャル。しかし、戦争に良い感情を持たず、戦争を利用して大金を得たことをアダムは叱責して金を受け取らず、アロンとアブラが婚約を伝えたように清らかなものが欲しかったと語る。キャルは大声で泣き「父さんが憎い」と叫んで出て行く。その日、嘆くキャルをアブラが慰めているのを目撃したアロンは激昂。アブラにキャルのところに行くなと厳しい口調で伝える。それに対してキャルは父への憎しみが何時しか兄への憎しみに変わり、母であるケートの酒場にアロンを連れていき初めて彼に母と対面させる。その直後、アロンの行方をアダムに問われた際に「知らないね、僕は兄さんの子守りじゃないんだ」[2]と返し、ケートが家を出た理由にも触れ、父との決別を告げる。アロンにとって最も軽蔑する女が自分の母であったことを知って激しいショックを受け、自暴自棄になって、その日のうちに出兵する。
アダムは知らせを受けて駅に行くと出兵する若者を乗せた列車の窓からアロンは頭でガラスを破って父を笑い、列車は動き出す。アダムにとっては余りの衝撃であった。そしてそのショックで列車が出た直後脳出血で倒れ、身動きも出来ない重病人となった。体が麻痺して寝たきりの状態になって看護婦が付きっきりに看病することとなった。キャルは自分がやったことで起きた事態に良心の呵責に苦しむ。皆が見舞いに来る中で保安官のサムがキャルに「アダムとイヴの子カインは、嫉妬の余りその弟アベルを殺す。やがてカインは立ち去りて、エデンの東ノドの地に住みにけり」と旧約聖書の一節を語って、取りあえずお前はこの家から出て行った方がいいと諭す。自分も去らねばならないと決意したキャルは病床にあるアダムに許しを乞うがアダムはもはや虚ろな目で何の反応も示さない。キャルは絶望の淵に立つこととなった。
アブラは自分の心の中にキャルがいることに気づき、病身のアダムのベッドの傍で一人必死に、彼が父の愛を求めていたことを語り、アダムがキャルを愛していることを伝えてほしい、そうでないと彼は一生ダメになってしまうと訴え、絶望して部屋に入りたがらないキャルを説得して父のベッドで再び許しを請うように促す。何かにつけて煩い看護婦に「GO OUT(出て行け)」とキャルが叫んだ直後、アダムの目が訴えるようになり、キャルがアダムの口元に耳を寄せる。微かな声で「あの看護婦を辞めさせて、お前が付き添ってくれ」と告げるアダム。確かな言葉で父の愛を知ったキャルとアブラは涙する。そしてキャルはずっと父のベッドに佇むのであった。

Wikipediaより抜粋


そもそもこんな内容の映画が当時の私にとって面白かった筈も無くて、ジェームスディーン氏の事は確か当時のテレビCMで存在については漠然と知っていたが、彼が僅か三本の主演映画を残し不慮の事故で他界した伝説の銀幕スターで在ることも何も知らなかった。
率直にいうとジーンズの宣伝でたまに見る外人のカッコイイ人という認識しか私にはなくて、映画をまともに鑑賞したわけでもなく、ジェームス氏については別に何とも思わなかった。
それよりも兄に殴られた屈辱とその後あまり映画に誘ってくれなくなってしまった淋しい思い出が私の中には刻まれていた。

しかし、偶然は何時の時代も人間の意識を急変させる様な出来事を気紛れに引き起こす。いや、実際には別にそんなに大袈裟な事件が起きた訳では無いが、同じクラスのジェームスディーン好きな女子と仲良しになれたのだった。

吉田由貴(仮名)は教室内で其ほど目立った存在ではなかったが勉強も確かそこそこに出来て体操教室に幼少の頃から通っていたらしく姿勢がよく、のっぺりとした顔だちながら凛とした雰囲気を常に保った意志の強そうな女子であった。そして確か、あまり笑わない子供だった。

彼女のクリアファイルの下敷きにモノクロのジェームスディーンの写真がはさまれてあったのを偶々発見した私は当時はあまり女子との会話を得意としてはいなかったが、つい彼女に話しかけていた。彼女の下敷きの中のジェームスディーンのスチール写真は、映画の中の彼よりもずっと素敵な見えたからだ。

「あれ?吉田はジェームスディーン好きなの?おれこの前東京で映画観てきたんだよ。」といった軽薄な調子で話しかけると吉田は顔を上げて透き通った黒色の強い瞳で真っ直ぐに私を見返した。
最初は少し驚いていた様子だったが会話をしている間に徐々に彼女の表情は明るくなり積極的に話始めた。彼女には2つ年上の仲の良い姉がいて、姉の影響で少し前の時代のアメリカ映画やオールディーズやジェームスディーンを知り、夢中になっているそうだった。

実際には兄の付き人として同席しただけにもかかわらず、さも一人で東京に映画を観に行くのが日常であったかの様に、どうも背伸びして自分を大人びて見せようとする癖が私にはあって、はずかしながら映画については随分知ったかぶった意見を発してしまっていた。
吉田由貴はテレビの映画番組で「理由なき反抗」を観ただけで他の映画は何時か観てみたいと思っていたらしく、私の半分嘘の経験を大層羨ましそうに聞きながら瞳を益々輝かせていたのだった。(この時代はインターネットどころかレンタルビデオすら存在してなくて映画を観ようと思ってもテレビ番組でみるか劇場に直接足を運ぶか、選択は限られていた。)

当時私は五年生だったがその年齢なりに性の目覚めを自覚し出していた時期で、同じクラスの活発で目立った女子を思い浮かべて下半身を強烈に硬直させたり、まるで冒険か宝探しにでも出かける様に近所の雑木林にエロ本を拾いに行ったりしていたが、吉田由貴の存在はそういった対象とはまた違い、何と言うか、私にとって普通に話せる初めて出来た異性の友達であった。

吉田は時々授業中に書いたと思われる手紙を私にくれたりもした。
書いてある文章は「昨日寝るのが遅かったから今日はねむいよ。」とか「○○先生はヒイキばっかりでむかつく。」や「今日は体育バスケだね、がんばって。」とかの些細な事ばかりで可愛いイラストが添えられている時もあった。彼女にとっては、ほんのいたずら心であったのかも知れないが、私はどこか彼女と秘密を共有している様な不思議な気分だった。
貰った手紙は兄にも教えずに自室の引き出しの奥にしまっていた。

ある日、吉田は姉と横浜駅付近に買い物に出かけ岡田屋モアーズ(当時)の最上階で買ったジェームスディーンのポスターとエデンの東のサウンドトラックが入ったカセットテープをプレゼントしてくれた。
「これ、お姉ちゃんから・・」と言って少し照れながら背を向けて小走りに去っていった彼女の後ろ姿を私は何も言えず黙って眺めていた。
だが正直いうと私は別にジェームスディーンのファンだった訳でもなかったし外国人俳優というのは何処か遠い存在で、どちらかと言うと清水健太郎の方が断然かっこよいと思っていたので、どう受け止めて良いのかあまりよくわからなかった。

しかし女の子がくれたプレゼントはやはり嬉しくて、吉田がくれたジェームスディーンのポスターを部屋に貼って時々エデンの東の曲を聴いたりしていた。
この頃は私の家族の状況も良好とは言えなかった時で、何時も気持ちがささくれていたのだが彼女がくれたテープの曲を聴いてる時は心が少し穏やかになっていたのは今も覚えている。 


箱根林間学校の夜、キャンプファイアーの余興で女子達がお化粧をして何かの歌に合わせて踊りを披露するイベントが行われた。
真夏の夜の夢の様に、炎に照らされたクラスの女子たちは妖しく耀いて美しく

私達は当然の事ながら、多分先生達も実は勃起していたのではないだろうか?

化粧をした吉田は他の女子達よりも大人びて見えて、少しはずかしそうに時々俯いていた彼女をちらちらと眺めながら、ずっとこのままこの夜が終らなければいいのにな・とか少年の私は心に願ったものでした。

六年生になった私は少々グレてしまい、髪を無理矢理なリーゼントにしたりソリコミを入れたり、当時流行っていたタクティクスのコロンをドボドボと必要以上に振りかけたり、保健室の消毒用のオキシドールを頭にぶっかけて髪が金色に近い茶髪になってしまったりしていて(これは事故だった)学校や町内の問題児童として扱われる様になってしまった。

この頃はいわゆるツッパリブームで私としては目立って女子生徒の気を引きたかっただけなのだが、先生や父兄達は家庭環境のせいにして勝手に心配したりしていた。私の努力(オシャレ)は頭がおかしくなってしまった可哀想な人。といった程度の評価しか得ることはできず、女子にモテるどころかクラスの主流派からは、まったく相手にされない存在となっていた。

そんな時でも吉田由貴は私と普通に会話したりしてくれていて、テレビドラマの不良少年達が主人公の「茜さんのお弁当」やラジオの深夜放送の話題で話が盛り上がった時もあった。(ちなみにこのドラマの主題歌は横浜銀蝿のジョニーが唄う「ジェームスディーンのように」であった。)


当時私は、クラスの主流派グループが女子たちを連れて横浜西口に「スターウォーズ」を見に行ったりしていたのが酷く腹立たしかったのだが、彼らがとても楽しそうに見えたので羨ましく、それならば私の企画で皆や女子を映画に誘うという野望を燃え上がらせていた。
当時私とよく遊んでいた一学年上の中学生の先輩らと同級生達を誘って池袋に映画を観に行くという企画を打ち出したのだが、クラスの人たちの反応は非常に冷ややかだった。
中学生の先輩もあまり評判の良い人ではなかったし、本人達も別に映画を観たかった訳でもなかったのだろう。

私の野望はたちまち教室内で悪い噂になり、学級会議にかけられて先生には「映画を観に行くのに何でわざわざ池袋まで行く必要があるんだ」等と酷く怒られたが私は毅然とした態度で「池袋には文芸座という名画座があり、もうすぐアメリカングラフィティという映画が上映されます。リバイバルなので遠出する事になってしまいますが、折角ですのでクラスメイト達とこの素晴らしい映画や音楽について共に感動を分かち合いたいと思い皆を誘いました。いけませんか?」とはまったく言えなくて、テレビドラマ等の影響だったのか?教室の机を蹴り倒して、ふてくされたまま学校から出て行き駅前のゲームセンターで夜遅くまで一人で過した。

しばらく学校には行かなかったが、内心ではこれからどうすれば良いかわからず酷く不安な日々を送っていた。
本当は早く学校に行きたかった。

クラスの人達は先生に言われたからなのか?入れ替わりで私の家に訪ねて来て、先生に謝って早く学校に出て来るべきだと何度か説得に来たりしていた。

ある日、吉田由貴が一人で私の家を訪ねて来た。吉田は私の事を心配してくれていたようで、発想がやや飛躍し過ぎな私の誰からも誤解されてしまう様な行動に同情してくれたからなのか?私の不満話を淡々と聞いてくれて、また自身の家庭環境や女子達の間にあるヒエラルキーの問題について、少し悲しそうに語っていた。
(吉田の父親は本牧の沖沖士の様な仕事をしていて少々気が荒い性格らしく夜中に父と母がよく言い争いをしている。平屋の公団住宅の様な所に住んでいて、低学年の時に彼女の誕生日会に来た友達に家がボロいからと馬鹿にされて以来、誰にも心を開けなくなってしまった。確かそんな話だった)

私は吉田の家が決して裕福な家庭では無い事を実は知っていたが、おとなしくて品格のある彼女がそんな事を思い悩んでいた事が意外だった。
私と同じように何処か皆と仲良く出来ない彼女のネガティブな部分に信頼を感じたのかも知れない。
話はいろいろ盛り上がってクラスの人や先生の悪口といったありがちな話題になって楽しくて、気づいたらもうだいぶ遅い時刻になっていた。

別れ際に「日曜日に二人で映画行こうか?」と誘ったら吉田は初めて話をした時と同じように真っ直ぐな瞳で私の眼を見ながら黙って頷いた。
黒い瞳が少し光って綺麗だったと、私は記憶している。

かなり嬉しかったが実は少し怖かった。

日曜日に待ち合わせの駅前改札で吉田は約束の時間にはとっくに来ていて、学校では見たこともない可愛いらしい服を着てピンクのピカピカ光ったエナメルの靴を履いていた。
髪の毛もいつもとは違う結び方をしていておしゃれだったが、そんな格好をしてきたくせに何でか?「ごめんね、帰りが遅くなると親に叱られるからやっぱり今日は一緒に行けない。」と言って何度も私に謝って帰ってしまった。
私もその時は仕方ないからと別に落ち込みもせず、一人で池袋に向かった。
結局その方が私にとっても気が楽だったのだろう。

映画館の暗闇の中で、私は親の事とか学校や自分を馬鹿にする同級生達やズリネタだった女子からも解放されて映画の世界に引き込まれた。「アメリカングラフィティ」の後2本立の「タクシードライバー」も観てしまい、それがまたとても面白くて帰りの電車の中でもしばらく映画の余韻に浸っていた。
デートが不発に終わったのは残念だったが、吉田の事も別に思い出しはしなかった。

その後、私はどんどん素行が荒れて行き、中学生や他の地域の少年らと遊ぶようになっていった。

不良少年予備軍の様なその時期遊んでいた子供達の中で、私は本当は一番気が小さく喧嘩も弱かったのだが、皆より早熟でデビューが早かったせいか?同年代には一目置かれる存在だったようで、先輩のツッパッた女子中学生達にも随分可愛がられ信頼されていた。

私が誰かに認めて貰えたのはこの時期が初めてだった。  

 もう学校の同級生達なんか相手にして居なかった。いわゆる・眼中になかった。吉田とも話さなくなっていた。
学校には行ったり行かなかったりで、もうこの頃は親も兄も先生もうるさい事は何も言わなくなっていた。
教室の中ではみんな私を恐れていたようでそれが妙な快楽だったので更に素行の悪さはエスカレートしていった。
この頃はまるで何かに取り憑かれていたかの様に、誰に対しても粗雑に振る舞い乱暴な態度で接していたが、実はそれも半分演技の様なもので、そういった形で武装していると他人との接触が旨く計れて楽だったからなのかも知れない。

夏休みが終わってすぐのある日の放課後、掃除当番をサボって学校内をうろうろした後、教室に戻ると吉田が一人で机の上に座り佇んでいた。
吉田は掃除をサボった私を少し咎めて溜め息をついた後、私に小さな封筒を手渡してきた。

久しぶりに彼女が手紙をくれたのだが、私はその場で封も切らずその手紙をゴミ箱に捨て吉田の鞄に付けられたジェームスディーンの缶バッチを指差して「そういえばそいつホモだったらしいぞ、そんな奴が好きだなんてお前アホじゃねえか?」みたいな事を言って「あんまり馴れ馴れしくするな」みたいな事も確か言ってしまったとおもう。
吉田は一瞬目を丸くして驚いていたが、みるみる内に顔がひきつってボロボロと涙を流し始めた。
彼女が泣いているのを見たのはそれが初めてだった。
私は動揺してしまい、教室から逃げるように出て行って煙草を吸いに屋上に上がった。

何でいきなりあんなひどい事を言ってしまったんだろう。

ジェームスディーンが同性愛者だった事は事実だったのかどうかは解らないが、兄の持っていた映画のパンフレット(確かアルパチーノ主演のハードゲイの世界を主題にしたクルージングという作品)にそのような事が書いてあったのを読んで私も相当驚いていた。

質の悪いわるふざけで彼女に甘えていた事も確かだが、吉田とのある種清潔な関係は私にとって何処か歯痒いものだったのだろうか?
今思うとリアルな不良少年として行動する為に私は彼女との曖昧な関係を精算しようとしたのかも知れない。

どちらにしても彼女を無意味に傷つけてしまった事と、私にとって大切な存在を自ら失ってしまった事は取り返しのつかない事実であった。

言ってから凄く後悔して足がガタガタと震えた。覚え始めの慣れない煙草のせいでもあったが視界がぐるぐると回り、頭の中が不安と罪悪感でいっぱいになり私は屋上の隅で激しく嘔吐した。 

帰りがてらに教室の前を通りがかり、中を覗いてみると吉田は机に頭を突っ伏したまま、まだ泣いていた。
 
それから結局私は一度も吉田由貴とは話をしていない。同じ公立の中学に進んだが同じクラスになる事もなかった。
私と吉田由貴は、はっきりと恋愛関係だった訳でもなく、青春時代を迎える少し前の短い季節、初恋とも呼べない名前の無い気持ちをほんの一瞬すれ違わせただけなのだった。
そして私は簡単に忘れてしまった。彼女もきっとそうだったのであろう。

ようするに、私と吉田由貴の関係は結局何でも無かった。
これが中学時代とかであったらセックスとかもやってしまってまた違った話だったのかもしれなかったな?とかふと思う。

何十年か振りにエデンの東を視たのは実はこのブログで文章を書く為にだった。
当初はジェームスディーンホモ説について、言及する事が目的だったのだが、映画中の音楽を聴いてるうちに完全に忘れていた筈の吉田由貴の面影が私の頭の中で回想された。 

久しぶりに観たこの映画はやはり全く面白くも何ともなくて、ジェームスディーンも格好良くも何ともなくて、只の軟弱で自分勝手なナヨナヨした幼児みたいな奴としか私には感じられなかった。
そして良く見ると彼のお尻は妙にぷりぷりとしていた。
やや複雑な心境ではある。

しばらく吉田との思い出に耽り感傷に浸っていたのでついこの様な文章になってしまったのであるが彼女との事はもうずっと昔の記憶であるから私の都合で勝手に脚色されいて、この文章に書かれた過去の出来事も、現在の私の記憶と当時の感情が入り交じった架空のお話に過ぎないのかも知れない。
真実はどうだったのか?彼女はどんな気持ちだったのか?
今さら確かめる術はないが、出来れば何時か彼女と再会してあの時の無礼を謝罪したい。
そしてあの頃と同じように、お互いに少しどきどきしながら他愛も無い会話を交わせたりする日が何時かまた来れば良いのにと願う。

だが随分前に開かれた同窓会に吉田由貴は来ていなかった、彼女が当時住んでいた家はとっくに取り壊されて街並みは景色を変えている。
例えば街で偶然すれ違う事があったとしても、二人がお互いの存在に気がつく事はもうきっとないのだろうと思う。


But I will never see you again, but the girl with black eyes at that time will not change at all, my precious friend.

夏の終わりの季節はどうもおセンチになってしまいまして、またしても長文になってしまいました。尚、最後の英文はちょっと恥ずかしかったのでGoogle翻訳致しました。
ではまた。      

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